四竜帝の大陸【赤の大陸編】
「……り、りこの手にっ……な、なんということなのだっ……」

 我のりこの手に、奴等は刃を突き刺したというのかっ!?
 貫通するほどに深く……りこに対しそのような残虐非道な行為、我は恐ろしくて想像すら出来ぬっ!

「あぁ、り、こっ……りこ、りこ、我のりこっ……我の、我のっ……」

 我は。
 四本の指を持つ手を、りこへと向けた。

「りこっ……りこ、りこ」

 我は、瞳に添えられたりこの手に。
 その両の手に。
 自分のそれを伸ばし、重ね……重ねたかったが、できなかった。

「……ハク?」

 我の手は小刻みに震え始め、鱗が逆立ってしまっていた。
 この様な状態の手では、繊細な壊れ物のようなりこの手に触れることなど駄目なのだっ……しかも、我のこの手はりこを守れなかった……役立たずで無能な手なのだから!

「…………か、完全に治ったのか?」

 触れぬよう、ぎりぎりの距離まで近づけ問う。
 行為の後に寝入ったりこの全身を我が嘗め回していたのは、ほんの数時間前だ。
 指の一本一本まで全て味わったのだから、りこの身に傷一つ無いと知ってはいるが……問わずにはいられない。

「……うん、治ってる。ほら、触って確かめてみて?」

 答えながら。
 りこが自ら、我の手との距離を無くした。
 我の手を、りこの手がそっと包んで……ぎゅっと、握ってくれた。

「だ、駄目だ……駄目なのだっ、りこ」

 駄目だと言いながら。
 我からは、離れられない……触れてしまえば、りこの肌から離れることなど我には出来ぬのだっ……。

「何で駄目なの? 駄目なんて悲しいことを言わないで……怪我したこと……治ったことを……言わなくて、ごめんなさいっ……あのね、身体のこと、治りが早いことに気が付いたのはもうずっと前でっ……青の竜帝さんのお城でさらわれて顔を叩かれた時にも……変だと思ったけれど……言わなくて、ごめんなさいっ……」

 我と同じ黄金の瞳が熱を帯び、揺らぐ。
 りこの言葉には、我への謝罪……何故だ?
 貴女を守れなかった無能な我を責め、罵るべきなのに……りこに告げず、人の身からかけ離れた我と同じ‟化け物”にしようとしている我を罵倒し、軽蔑せぬのか?
 その身を、我のエゴで人ならざるモノへと変えられつつあるのだぞ?

「……り、りこ……い、い……痛かっただろう?」

 きっと。
 とても。
 りこは、痛かったに違いない。
 それは、刃によるものだけではなく……。

「りこ、す、すまぬっ……我はっ……我はっ……」

 肉の痛み。
 そして、短時間で傷が塞がる様を目の当たりにし、有り得ぬことだと驚愕し……。
 傷つけられた箇所を見ながら、何者からも守ると言った我を嘘つきだと思ったことだろう。
 守ると言いながら、その場に居らぬ無能な我。
 愛していると言いながら、その身を我と同じ場所に堕とそうと作意を持つ我。
 りこは肉体を奴らに刺され、同時に、心を我に刺されたのだ。

「りこ、痛かったろう? ……とても、とても痛かったのだろう?」
「……ハク」

 りこに会い、つがいになり……愛しい人を得た我は、‟痛い”をもう知っている。
 目に見える肉体の痛みは、痛みの強弱の基準がよく分からぬ我だが。
 見えぬ心の痛みは、もう我も知っているのだ……傷つけられたりこの手は、心は。
 我の想像を絶するほど、痛かったことだろう。

「りこ……痛くて、痛くて……とても怖かっただろう?」
「……うん、痛くて……怖かった」

 まだ、我は知られたくなかったのだ。
 まだ、我は言えなかったのだ。

「刺されたうえに……自らの肉の再生を、間近で見てしまったのだな……」
「うん………傷が塞がって、血が止まったの……」

 柔らかで温かなりこの皮膚。
 触れたら砕けそうな、細い骨。

 我の大事な、その身体。
 我が愛した、その血肉。

 誰にも、傷つけさせたくなかったのだ。
 誰にも、渡したくなかったのだ。

 ずっと、永遠に。 
 我と、共に。
 我の、傍に居て欲しいのだっ……だから、だから。
 嫌われても、憎まれても。
 我は、貴女をっ……。



「ありがとう、ハク」



 聞こえるはずのない、言葉が。
 我の耳に、届く。

「りっ……」
「傷の治りが早いのは、ハクちゃんのおかげよね?」

 お、おかげ? 
 我の‟せい”ではなく、我の‟おかげ”?

「りこっ……それはっ…………り、りこ!?」

 ぎゅっ、と。 
 我の躰が。
 強く、強く。

「ハク、ハクちゃん」
「りっ……」

 愛しいその身に、その腕で。
 強く、抱かれた。

「ありがとう」
「り……こ?」

 隙間無く、抱かれ。

「離れてる間も、守ってくれて……ありがとう、ハク」

 りこは。
 我が、りこを変えてしまったのだと……我がしようとしていることを、我の望みを。
 知っていて、理解していて……それでも、‟ありがとう”と……言ってくれたような気がした。

「……ッ」

 我は。
 この人に。
 愛しい、この人に。 
 愛されているのだと、強く感じ……。

「…………どっ」

 あぁ、りこよ。
 我のりこ。 
 貴女はいつも。
 そうして、我を甘やかすから。
 我は、どこまでもつけあがるのだぞ? 
 誰より何より、我は貴女に愛されているのだと……。

「……どう、いっ」

 だから。
 我は。
 嬉しく、て。 
 幸せ、で。

「どういたしまして、なのだっ……」

 また、目から。
 内臓が。
 零れ落ちて、しまうのだ。


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