四竜帝の大陸【赤の大陸編】
 エルゲリストさんのご好意で貸し切りだったひよこ亭でのランチタイムは、賑やかで和やかで楽しかった。
 四日前にあんな恐ろしい事があったなんて思えないくらい……。 
 あの事件後、赤の竜帝さんは当然ながらずっと忙しく、ゆっっくりお話しをする機会が無かった。
 お仕事で今日もご一緒できなかったのは残念だったけれど、ダルフェさんの里帰りを兼ねてゆっくりと滞在することになったから、機会はまたあるはず……。
 食事が終わると、ダルフェさん達は片付けのために席を立ち厨房へ移動した。
 私もエルゲリストさんにお手伝いを申し出たんだけれど、笑顔で即効却下されてしまい、こうしてハクちゃんと皆様の作業終了を待つことになった。
 ここの厨房は竜族サイズなので、私の身長では洗い物をお手伝いしたくてもシンクの高さに無理があり、食器を片付けようにも戸棚に手が届かないからおとなしく待っていなさいと、ダルフェさんはウィンクしながらそう言った……私に気を遣わせないように、言ってくれたんだと思う。
 オープンキッチンになっているので、私の席からはジリ君を肩車しながら食器を洗うダルフェさんと、食器を棚にしまうカイユさんと……器用に両手で菜箸を操って重箱にお料理をつめている、エルゲリストさんの姿が見えた。
朱色に金で模様が描かれた煌びやかな四段の重箱は、赤の竜帝さん専用のお弁当箱で……さっきのお箸もそうだけれど日本のものによく似ている。
 青の竜帝さんがくれた(ハクちゃんが壊してしまったけれど)ルービックキューブ、そして第二皇女様が持っていた携帯電話。
 私の世界の物品って、想像以上にこちらの世界に術式で流入しているのかもしれない。 
 珍しいから高額で取引されるって、青の竜帝さんも言っていたし……。
 私のいた世界の物が元になって、この世界で似た製品が作られているケースも少なからずあるみたいで……さすがに携帯電話は作れないだろうけれど。
 電気製品は無いけれど、便利で快適な暮らしができているこの世界……汽車や車とかは発明された当時のものなら、こっちの世界でも作れちゃうんじゃないかしら?
 もしかして、すでにあるの?

「ねぇ、ハクちゃん。車や汽車みたいな乗り物って、この世界にも色々あるの?」
「車? 馬車のことか? そこいらに中にあるぞ? 汽車は、そこいらには無い。黒の大陸にはあるのだ。石炭と固形術式燃料で動くらしいが、詳しいことは我は知らぬ。……乗りたいのか?」

 やっぱりあるんだ!

「あ、うん、ちょっと興味あるっていうか……空を飛ぶ乗り物は無いのよね?」
「無い。今は・・」
 え?
「今は?」
「……記されぬほどの過去に、制空権を得たのは竜族だ。ゆえに今は・・空は竜族のものなのだ」 
「記されぬほどの過去?」
「りこ。文明というものは、全てが繋がっているわけではない。分断も寸断も……消失もあるのだ」

 文明の。
 分断、寸断……消失。
 ハクちゃん、貴方はいったいどれだけの永い時間を生きてきたの?
 その永い永い間、ずっと……ずっと、独りだったの?

「……ハクちゃん、寂しかった?」
「いや、全く。"寂しい”を知らなかったのだから寂しく思うことなどないし、できなかった」

 ハクちゃんは身を屈め、真珠色の睫毛が私に触れそうになるほど黄金の瞳を寄せ。

「りこ……寂しさを知ってしまった我を独りにするなど、二度としてくれるな。次は耐えられぬ」

 額を、私の額と合わせて眼を閉じた。

「うん、ハクちゃん……」
「………………りこよ、黄の帝都は水路が多く、装飾を施した小舟が街中を行き来しておるのだ。りこは乗り物には興味があるようなので、黄の帝都で乗ろう。興味が無く我も乗ったことがないが、りことなら乗ってみたいのだ」

 どうやらハクちゃんは、私が乗り物好きだと勘違いしてしまったみたいだった。
 でも、訂正するほどのことでもないし……小舟が街中を行き来してるなんて、黄の帝都ってヴェネチアみたいな感じなのかしら?

「街中の水路を小舟で? 素敵ね!」

 黄の大陸……赤の大陸での滞在期間を最大限延長して、黄の大陸では数日だけにする方向で日程を再調整することになったと、食事中にカイユさんが教えてくれた。
 ダルフェさんも嬉しそうだったけれど、それ以上にエルゲリストさんが嬉しそうだった。
 黄の大陸での滞在期間が短いと聞き、私は内心すごくほっとした。 
 だって、私は黄の竜帝さんに良く思われてない……多分、嫌われいてるから。

「……不釣り合い、だものね」

 漏れ出てしまった言葉を、耳聡い旦那様は聞き逃してはくれなかった。
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