四竜帝の大陸【赤の大陸編】
「おいおい、マーサおばちゃん。俺が居た頃より腹回りが3倍はでかくなったんじゃねぇか!?」
親しげな笑みを浮かべたダルフェが歩み寄り、自らの腹を叩きながら言うと。
「あはははは! これは幸せ太りだから良いんだよ!」
雌竜は腹同様に大きな乳を揺らしながら、ダルフェの指摘を豪快に笑い飛ばした。
「ねぇ、ダルフェ。聞いておくれよ! あんたが密猟者から助け出してくれたうちの娘、一昨年に子を産んだんだよ! あたし、お祖母ちゃんになれたんだよ!」
「孫かよ!? おめでとう、マーサ!」
ダルフェの垂れ気味の目が、さらに下がった。
子が産まれる事は、個体数の少ない竜族にとって最も祝うべき事であるからな。
「幼生の時に浚われて、あんたが探し出した乾物屋のメリザも肉屋のトキダも、無事に成竜になった。ダルフェに助けてもらった他の皆も、元気で暮らしているよ!」
「そうか、良かった……」
「ダルフェ。赤の一族は皆、あんたには本当に感謝してる……貴女がカイユさんだね? こんにちは! あたしは研ぎ師のマーサ!」
"マーサおばちゃん”は、ダルフェの傍らに立つカイユへと笑顔を向けた。
「はじめまして、マーサ殿。ダルフェのつがいになりました、青の竜騎士カイユでございます。以後お見知りおき下さいませ」
カイユが胸に手を当て膝を折り、正式な礼で挨拶をすると。
"マーサおばちゃん”は、笑みをさらに深くした。
「いやいや、すごいべっぴんさんじゃないか! ダルフェったら、とんでもない面食いだったんだね~。エスリードやムルファ達が色仕掛けで言い寄ったって、なびかないはずだよ」
「…………色仕掛け?」
「お、おい、マーサッ! 昔のことはっ」
「ダルフェ、お黙り! 失礼しました、マーサ殿。どうぞ、お話しを続けて下さい」
「え? ああ、あのね、カイユさん! ダルフェは多少口は悪いが優しいし、腕っ節もめっぽう強い。一族自慢の団長閣下様だったし、しかもあの御両親の息子だけあってすごい男前だろ? えらいもててねぇ~。祭りではダルフェと踊りたい若い雌竜達が、長い列になったもんだよ!」
赤の竜族は他の竜族より奔放で、つがいと出会うまでは基本的に"自由”だ。
"自由”に付き合った相手が、後につがいとなることも多いが……。
保守的な青の竜族であるカイユには、赤の竜族のこの性質は好ましいものではないのかもしれんな。
「……あら、そうなんですか?」
カイユがにこりと笑み、チラリとダルフェを見ると。
ダルフェの肩が、ぴくりと動いた。
「え? あ~、いや、そんなことないって! マーサおばちゃんの気のせいじゃねぇかな? アハハハ……」
視線を泳がせたダルフェの姿に。
”マーサおばちゃん”なる雌竜は木の実のような眼を細め、言った。
「カイユさん。ダルフェはね、ずっとあたしに研ぎを任せてくれてたんだ。だから、ダルフェが命を張って竜族を護ってくれていたってことを、刀を研いでいたあたしは他の者達より知っているつもりだよ? ……ダルフェ、ありがとう。あんたは最高の赤の竜騎士団の団長閣下様だったよ……」
なるほど、な。
研ぎ師ならば、刃を見れば分かってしまうか……ダルフェがいかに多くの者と闘い、殺してきたのかを。
「マーサおばちゃん……こっちこそ、ありがとな。黄の大陸に移動する前に、一回研ぎに出すからよろしく頼むよ?」
「あいよ! 待ってるからね、ダルフェ! カイユさんのも研がせておくれね! ヴェルヴァイド様、奥方様。お散歩のお邪魔しちゃって、ごめんなさいね!」
「え? い、いえ!」
”マーサおばちゃん”は、我とりこに深々と一礼し。
「じゃあ、またね! お城での舞踏会と武闘会、あたしも皆も楽しみにしてるからさ! "ダッ君杯”、きっと盛り上がるよ!」
現れたとき同様。
樽のような体軀からは想像できぬほどの俊足で。
"マーサおばちゃん”は、去って行った。
「……最高の赤の竜騎士団の団長……良かったわね、ダルフェ」
「ああ、カイユ………ん? そういや、マーサおばちゃん、"ダッ君杯”とか変なこと言ってたよな?」
「そうね、何のことかしら?」
ダッ君杯。
その奇妙な言葉の意味を、ダルフェが知ったのは。
転移で街から城門前へと移動し。
「げっ!?」
そこに張られた巨大な真紅の横断幕を、目にした時だった。
「あら?」
「ほう?」
「え?」
その真紅の横断幕には祝賀行事の告知と。
父親が口にしている、自分の愛称が大きく書かれていた。
「………………………………………………………………」
それを見たダルフェの目は。
死んだ魚のようだった。
親しげな笑みを浮かべたダルフェが歩み寄り、自らの腹を叩きながら言うと。
「あはははは! これは幸せ太りだから良いんだよ!」
雌竜は腹同様に大きな乳を揺らしながら、ダルフェの指摘を豪快に笑い飛ばした。
「ねぇ、ダルフェ。聞いておくれよ! あんたが密猟者から助け出してくれたうちの娘、一昨年に子を産んだんだよ! あたし、お祖母ちゃんになれたんだよ!」
「孫かよ!? おめでとう、マーサ!」
ダルフェの垂れ気味の目が、さらに下がった。
子が産まれる事は、個体数の少ない竜族にとって最も祝うべき事であるからな。
「幼生の時に浚われて、あんたが探し出した乾物屋のメリザも肉屋のトキダも、無事に成竜になった。ダルフェに助けてもらった他の皆も、元気で暮らしているよ!」
「そうか、良かった……」
「ダルフェ。赤の一族は皆、あんたには本当に感謝してる……貴女がカイユさんだね? こんにちは! あたしは研ぎ師のマーサ!」
"マーサおばちゃん”は、ダルフェの傍らに立つカイユへと笑顔を向けた。
「はじめまして、マーサ殿。ダルフェのつがいになりました、青の竜騎士カイユでございます。以後お見知りおき下さいませ」
カイユが胸に手を当て膝を折り、正式な礼で挨拶をすると。
"マーサおばちゃん”は、笑みをさらに深くした。
「いやいや、すごいべっぴんさんじゃないか! ダルフェったら、とんでもない面食いだったんだね~。エスリードやムルファ達が色仕掛けで言い寄ったって、なびかないはずだよ」
「…………色仕掛け?」
「お、おい、マーサッ! 昔のことはっ」
「ダルフェ、お黙り! 失礼しました、マーサ殿。どうぞ、お話しを続けて下さい」
「え? ああ、あのね、カイユさん! ダルフェは多少口は悪いが優しいし、腕っ節もめっぽう強い。一族自慢の団長閣下様だったし、しかもあの御両親の息子だけあってすごい男前だろ? えらいもててねぇ~。祭りではダルフェと踊りたい若い雌竜達が、長い列になったもんだよ!」
赤の竜族は他の竜族より奔放で、つがいと出会うまでは基本的に"自由”だ。
"自由”に付き合った相手が、後につがいとなることも多いが……。
保守的な青の竜族であるカイユには、赤の竜族のこの性質は好ましいものではないのかもしれんな。
「……あら、そうなんですか?」
カイユがにこりと笑み、チラリとダルフェを見ると。
ダルフェの肩が、ぴくりと動いた。
「え? あ~、いや、そんなことないって! マーサおばちゃんの気のせいじゃねぇかな? アハハハ……」
視線を泳がせたダルフェの姿に。
”マーサおばちゃん”なる雌竜は木の実のような眼を細め、言った。
「カイユさん。ダルフェはね、ずっとあたしに研ぎを任せてくれてたんだ。だから、ダルフェが命を張って竜族を護ってくれていたってことを、刀を研いでいたあたしは他の者達より知っているつもりだよ? ……ダルフェ、ありがとう。あんたは最高の赤の竜騎士団の団長閣下様だったよ……」
なるほど、な。
研ぎ師ならば、刃を見れば分かってしまうか……ダルフェがいかに多くの者と闘い、殺してきたのかを。
「マーサおばちゃん……こっちこそ、ありがとな。黄の大陸に移動する前に、一回研ぎに出すからよろしく頼むよ?」
「あいよ! 待ってるからね、ダルフェ! カイユさんのも研がせておくれね! ヴェルヴァイド様、奥方様。お散歩のお邪魔しちゃって、ごめんなさいね!」
「え? い、いえ!」
”マーサおばちゃん”は、我とりこに深々と一礼し。
「じゃあ、またね! お城での舞踏会と武闘会、あたしも皆も楽しみにしてるからさ! "ダッ君杯”、きっと盛り上がるよ!」
現れたとき同様。
樽のような体軀からは想像できぬほどの俊足で。
"マーサおばちゃん”は、去って行った。
「……最高の赤の竜騎士団の団長……良かったわね、ダルフェ」
「ああ、カイユ………ん? そういや、マーサおばちゃん、"ダッ君杯”とか変なこと言ってたよな?」
「そうね、何のことかしら?」
ダッ君杯。
その奇妙な言葉の意味を、ダルフェが知ったのは。
転移で街から城門前へと移動し。
「げっ!?」
そこに張られた巨大な真紅の横断幕を、目にした時だった。
「あら?」
「ほう?」
「え?」
その真紅の横断幕には祝賀行事の告知と。
父親が口にしている、自分の愛称が大きく書かれていた。
「………………………………………………………………」
それを見たダルフェの目は。
死んだ魚のようだった。