四竜帝の大陸【赤の大陸編】
ニングブック組んだ両手の中に幼竜達、僕とクロムウェルの背に乗り空を移動した。 
心身ともに弱っている幼竜達にとって負担になることを承知で、高速飛行で帝都に戻った。
城への到着は翌日の早朝だった。
昇る陽に染まりながらも、空の端には溶け切れむ夜の色が残っていた。
ニングブックの鼻の穴からは、規則的に白い靄。
僕の吐息も白く……頬にあたる風が、冷たい。。
僕はニングブックが着陸する前にその背から飛び降り、発着所で待機していたヒンデリンとオフランに幼竜達を親元に送り届けるように指示を出す。

「セレスティスさん、治療の前に陛下のとこに行くんでしょう? そのまま城内を歩いたら大騒ぎになっちゃうよ? はい、これ」

パスハリスが執務室へ向かおうとした僕に駆け寄り、襟高の外套を羽織らせた。
着地したニングブックが翼をゆっくりと動かすと風が生まれ、外套の裾と袖を揺らした。

「ありがとう、パス。クロムウェルを手伝ってやって。ニンの尾に括り付けてある麻袋に、今回の“収穫物”が入ってる。あれを電鏡の間に運んでおいて。僕も陛下を連れて、すぐ行く」
「うん、わかった」

 質問したいことはいろいろとあるだろうが、それを一切口にいないでパスハリスはニングブックの尾へと駆け出した。
 遺体運搬用の籠に走り寄る竜族の雌……バイロイトの妻・シスリアがすれ違いざまに僕へと視線を向けているのに気づいていたが、無視して陛下の執務室へと向かった。
 階下へ降りようと扉に手を……手が無いので蹴ろうとしたが、その前に内側から開いた。

「セレスティス!」

真っ青な竜が、飛び出してきた。
翼をばさばさとせわしなく動かしながら、陛下の青い瞳が袖を通さず外套を羽織った僕を凝視した。

「セレスティスッ……お前……腕っ……」
「陛下。執務室で説明と報告をします。さぁ、行きましょう」

声を詰まらせた小さな竜の横を通ろうとした僕の髪を、小さな手が掴んで止めた。

「なに言ってんだ!? てめぇ、両腕がねぇじゃねえか! 報告はクロムウェルに聞く、お前のは後でいいから、すぐ溶液にっ……」
「溶液の準備はプロンシェンがしてくれてるだろうから、準備終わるまで30分はある。報告を先にさせて」

んだ僕の髪をひいて、ひょいっと頭に張り付いた陛下ごと歩き出す。
 陛下は僕の頭をぽこぽこと叩いて、言った。

「あそこにバイロイトがっ……シスリアがっ!」

僕は階段を降りる足を、止めなかった。
左足、右足、左足……動かせ、止まるなと自分自身で言い聞かせて前へと進む。
開け放たれたままの扉からは、発着場のざわめきが流れ込む。



「きゃあああああああああ!!!!」



シスリアの絶叫が、僕の背を突き抜けた。
遺体運搬用の籠を、開けたのだろう。

「シスリア!?」
「行くんじゃない、陛下。まだ愛しい者に出会っていない君は、愛しい人を奪われた者にかけるべき言葉を持たない」

シスリアの元に帰って来たのは、二度と目覚めない夫。

「セレスティスッ……俺はっ……」

バイロイト。
お前は、お前らしい死に方をした。

「何を言っても、今のシスリアには届かない」

でも、それは。
愛しい者への、裏切りだ。

僕は言ったよね?
シャゼリズ・ゾペロが現れたら撃て、と。
殺す気で、撃てと。
なのに、お前は……。
だから、僕はお前の死を悲しまない。

「あ……うっ……ぁああ、あああぁああっ!」

人より優れた聴覚を持つ僕の耳に。
シスリアの叫びが、背後から押し寄せる。

「ぁあ、あああっ……ぁあ、ああ、いやぁああああああ! バイロイトォオオオオ!!」

さあ。
もっと泣き叫ぶんだ、シスリア。
君のその声が、黄泉にまで届くように。

「陛下、訊いても?」
「…………なんだよ?」

もっと、もっと……。

「僕、笑えてるかな? 僕の顔、いつもと同じように、笑えてる?」
「……教えてやらねぇ」

僕の分まで。
嘆き、悲しんで。


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