四竜帝の大陸【赤の大陸編】
「……セレスティス。国王が普通の“父親”では、国が滅んでしまいます。彼は善い人間ではないかもしれませんが、王としては良いと評価できる点も多いのです。事実、彼の貪欲さが国を発展させ、国民生活を向上させました」
バイロイトやクロムウェルのようには、僕はタイを綺麗に結べない。
だから、バイロイトがやってくれた。
苦笑しながらもどこか楽しげにしているその顔を見ていると、カッコンツェルのことを思い出す。
人間が好きだと言っていた、カッコンツェル。
「王を擁護するわけではありませんが、竜帝であった母同様に王というのは個人でいられぬ存在であると……聞いてますか? セレ……ぐはっ!?」
「ったく、うるさいなぁ~。もう黙んなよ、バイロイト」
今の『僕』を君が見たら、知ったなら。
なんて言うだろう?
どう思うのだろう?
「セッ……レ!?」
僕は左手でバイロイトの咽喉を掴んだ。
「黙れ」
カッコンツェル。
カッツェ、君はこんな僕に呆れて嫌いになるのかな?
「あのねぇ…………なぁ、“お兄”」
それとも。
それとも……。
「てめぇのその良い子ちゃんな発言をする由緒正しいお綺麗な思考回路、ムカツクんだよっ!」
「セッ……!」
僕はバイロイトの首を掴んだまま、持ち上げた。
「あぁ? 覚えてるかっ!? ミルミラを殺したあの女術士を『お友達になってあげてください』なんて、ミルミラに紹介したのは貴様だろうがっ、バイロイト!!」
苦しげに寄る眉を目にし、さらに力を加える。
「お前の望み通りあの糞女と“お友達”になって、その“お友達”にミルミラは殺されたんだっ!!」
「っ!!」
「バイロイト! ミルミラは生きたまま身体を裂かれて、竜珠を奪われたんだぞ!?」
藍の目を見開いたバイロイトが、落ちていく意識の中で僕の言葉を聞いたかどうか。
「てめぇの母親に腹ブチ抜かれて内臓潰されながら育った竜騎士の俺と違って、温室育ちのお前には分からねぇだろうっ!?」
確かめる気の無い僕は、卑怯だ。
非が無いと心の中で思ってるクセに、バイロイトを責める言葉を吐く僕は卑怯者だ。
「生まれてこのかた、一度だって手足が千切れたことすら無いてめぇに!」
吐き出す言葉が、目に見えぬ拳で殴りつけるのは。
僕の頬。
傷つけたいのはバイロイトじゃなく、この僕の心。
「俺のミルミラの痛みがっ! 苦しみがっ……恐怖が分かるものかっ!!」
責めたいのはバイロイトではなく、ミルミラを護れなかった自分。
護れる力があったのに、愛しい人を護れなかった僕を誰も責めなかったから。
誰も、誰も僕を責めてくれないから。
僕が、俺が。
セレスティスを、イザを責めて罵らなくはいけないんだ。
僕が俺を責め。
俺は僕を罰する。
「お取り込み中のところ申し訳ありませんが。セレスティス殿、確認したいことがあるのですが」
「ああ? なんだよ?」
クロムウェルには、気を失ったまま僕に吊り上げられたバイロイトを助ける気など無いようだった。
「貴方の……その目。“王子様”の時より好いですね。殴っていただけたら、それはそれで得した気分になれそうです」
場違いなほどの晴れやかな笑顔で言い、目元の皺を深くした。
「このド変態がっ! ちっ……俺……僕って、皇室出身の君から見ても“王子様”だった?」
「ええ、『絶対に存在しない理想の王子様』でしたよ」
「存在しない? ああ、そうかもね……ミルミラが好きだったのは、絵本の王子様だったから」
「絵本? ならばなぜ、定番のかぼちゃパンツと白いタイツを装着しないのです?」
大真面目に言うクロムウェルに、僕は問い返す。
「なら聞くけど。君の前の職場に、白タイツとかぼちゃパンツの王子っていた?」
「いませんでした」
「即答か。なら、もう白タイツとかぼちゃのパンツは忘れなよ」
うん、良かった。
やっぱり現代には居ないんだ。
白タイツにかぼちゃパンツの王子様は、とっくに絶滅したに違いない。
「で。君が僕に確認したいことって何かな?」
意識を失ったバイロイトから、僕は手を離した。
床に頭部を打つ鈍い音がしたけれど、確認することはしなかった。
バイロイトは竜騎士である僕より身体がやわ(・・)だけど、竜族なのでこの程度なら怪我をしても大したことはない。
「皇女の遺体はどうするんです?」
「ああ、そのことね」
竜族が人間より丈夫だとクロムウェルも知っているので、横たわるバイロイトを心配する気は全くない。
一瞥もせず、僕との会話を続ける。
「帝都内で埋葬するのですか?」
「それは無い。彼女のしたことを考えると、他の四竜帝だって許さないさ。う~ん……そうだねぇ。トラン火山にでも捨ててくるように、プロンシェンに言っておくよ」
滾るマグマは、善人も悪人も。
人間も竜族も。
灼熱の光で優しく抱きしめて、全てを飲み込み受け入れてくれる。
大地の吐息は容赦無く、誰にでも平等だ。
「埋葬せず、捨てると? 貴方はあの皇女に同情的なように見受けられましたが」
「そう? 皇女がどうのってより、娘を持つ父親としてちょっと感情的になっちゃっただけだよ」
同情なんて、これっぽっちもしちゃいない。
出来るわけが無い。
「事後承諾でいいんだ。『父親に見捨てられた哀れな皇女』の亡骸を“ポイ捨て”なんて、あの子にはすぐに決断出来ないからね。また影でいじいじするに決まってる……陛下には無理だって、君だって本当はそう思ってるんでしょう?」
あの皇女は、僕の可愛いカイユを“虐めた”。
バイロイトやクロムウェルのようには、僕はタイを綺麗に結べない。
だから、バイロイトがやってくれた。
苦笑しながらもどこか楽しげにしているその顔を見ていると、カッコンツェルのことを思い出す。
人間が好きだと言っていた、カッコンツェル。
「王を擁護するわけではありませんが、竜帝であった母同様に王というのは個人でいられぬ存在であると……聞いてますか? セレ……ぐはっ!?」
「ったく、うるさいなぁ~。もう黙んなよ、バイロイト」
今の『僕』を君が見たら、知ったなら。
なんて言うだろう?
どう思うのだろう?
「セッ……レ!?」
僕は左手でバイロイトの咽喉を掴んだ。
「黙れ」
カッコンツェル。
カッツェ、君はこんな僕に呆れて嫌いになるのかな?
「あのねぇ…………なぁ、“お兄”」
それとも。
それとも……。
「てめぇのその良い子ちゃんな発言をする由緒正しいお綺麗な思考回路、ムカツクんだよっ!」
「セッ……!」
僕はバイロイトの首を掴んだまま、持ち上げた。
「あぁ? 覚えてるかっ!? ミルミラを殺したあの女術士を『お友達になってあげてください』なんて、ミルミラに紹介したのは貴様だろうがっ、バイロイト!!」
苦しげに寄る眉を目にし、さらに力を加える。
「お前の望み通りあの糞女と“お友達”になって、その“お友達”にミルミラは殺されたんだっ!!」
「っ!!」
「バイロイト! ミルミラは生きたまま身体を裂かれて、竜珠を奪われたんだぞ!?」
藍の目を見開いたバイロイトが、落ちていく意識の中で僕の言葉を聞いたかどうか。
「てめぇの母親に腹ブチ抜かれて内臓潰されながら育った竜騎士の俺と違って、温室育ちのお前には分からねぇだろうっ!?」
確かめる気の無い僕は、卑怯だ。
非が無いと心の中で思ってるクセに、バイロイトを責める言葉を吐く僕は卑怯者だ。
「生まれてこのかた、一度だって手足が千切れたことすら無いてめぇに!」
吐き出す言葉が、目に見えぬ拳で殴りつけるのは。
僕の頬。
傷つけたいのはバイロイトじゃなく、この僕の心。
「俺のミルミラの痛みがっ! 苦しみがっ……恐怖が分かるものかっ!!」
責めたいのはバイロイトではなく、ミルミラを護れなかった自分。
護れる力があったのに、愛しい人を護れなかった僕を誰も責めなかったから。
誰も、誰も僕を責めてくれないから。
僕が、俺が。
セレスティスを、イザを責めて罵らなくはいけないんだ。
僕が俺を責め。
俺は僕を罰する。
「お取り込み中のところ申し訳ありませんが。セレスティス殿、確認したいことがあるのですが」
「ああ? なんだよ?」
クロムウェルには、気を失ったまま僕に吊り上げられたバイロイトを助ける気など無いようだった。
「貴方の……その目。“王子様”の時より好いですね。殴っていただけたら、それはそれで得した気分になれそうです」
場違いなほどの晴れやかな笑顔で言い、目元の皺を深くした。
「このド変態がっ! ちっ……俺……僕って、皇室出身の君から見ても“王子様”だった?」
「ええ、『絶対に存在しない理想の王子様』でしたよ」
「存在しない? ああ、そうかもね……ミルミラが好きだったのは、絵本の王子様だったから」
「絵本? ならばなぜ、定番のかぼちゃパンツと白いタイツを装着しないのです?」
大真面目に言うクロムウェルに、僕は問い返す。
「なら聞くけど。君の前の職場に、白タイツとかぼちゃパンツの王子っていた?」
「いませんでした」
「即答か。なら、もう白タイツとかぼちゃのパンツは忘れなよ」
うん、良かった。
やっぱり現代には居ないんだ。
白タイツにかぼちゃパンツの王子様は、とっくに絶滅したに違いない。
「で。君が僕に確認したいことって何かな?」
意識を失ったバイロイトから、僕は手を離した。
床に頭部を打つ鈍い音がしたけれど、確認することはしなかった。
バイロイトは竜騎士である僕より身体がやわ(・・)だけど、竜族なのでこの程度なら怪我をしても大したことはない。
「皇女の遺体はどうするんです?」
「ああ、そのことね」
竜族が人間より丈夫だとクロムウェルも知っているので、横たわるバイロイトを心配する気は全くない。
一瞥もせず、僕との会話を続ける。
「帝都内で埋葬するのですか?」
「それは無い。彼女のしたことを考えると、他の四竜帝だって許さないさ。う~ん……そうだねぇ。トラン火山にでも捨ててくるように、プロンシェンに言っておくよ」
滾るマグマは、善人も悪人も。
人間も竜族も。
灼熱の光で優しく抱きしめて、全てを飲み込み受け入れてくれる。
大地の吐息は容赦無く、誰にでも平等だ。
「埋葬せず、捨てると? 貴方はあの皇女に同情的なように見受けられましたが」
「そう? 皇女がどうのってより、娘を持つ父親としてちょっと感情的になっちゃっただけだよ」
同情なんて、これっぽっちもしちゃいない。
出来るわけが無い。
「事後承諾でいいんだ。『父親に見捨てられた哀れな皇女』の亡骸を“ポイ捨て”なんて、あの子にはすぐに決断出来ないからね。また影でいじいじするに決まってる……陛下には無理だって、君だって本当はそう思ってるんでしょう?」
あの皇女は、僕の可愛いカイユを“虐めた”。