雪月繚乱〜外伝〜
須佐乃袁と帝釈天
「須佐乃袁、須佐乃袁はいるか」
遥か遠くまで続いている。すべてが輝きに満ち満ちて、果てしなく広大な白い空間に、それは存在した。
違うことなく云い表すのは難しいが、たとえるならそこは天国という場所かもしれない。
花畑や水辺はないが、眼の覚めるような清らかな景色としか、認識できない。
しかしそれが、この世界での常識であった。
神々の住まう、外界とは区切られた空間。
そこは、地上という大陸を作りあげた地界の神の聖域なのである。
「騒がしいな――なんだ、月読(つくよみ)か」
ぼやきながら姿を見せたのは、地を司る神、須佐乃袁(すさのお)。
肩までそろえた、たおやかな銀髪をなびかせ、まるで紫水晶をはめこんだようなつぶらな瞳が瞬く。
その容貌は、まだほんの童子に過ぎなかった。
「月読か、ではない。またお前、仕事もせずに引きこもって、なにをしている」
神としては成熟しているはずの、あどけない同胞を見咎めた月読は、平素涼やかな表情を崩さず云った。
須佐乃袁と同じ、透き通るような肌に配置された、つつましやかで整った目鼻。
洗練された艶やかな黒髪を長くたらした風雅な姿は、まさに夜を司る神にふさわしい。
「なんだっていいだろ、放っておいて。仕事ならあとでやるから」
怠惰な須佐乃袁に向けられた金色の瞳が、鋭い眼光を放った。
「…なんだよもう。そんなに怒らなくたって、ちゃんとやるよ」
無言の重圧に負けて、須佐乃袁はしぶしぶと、丸めていた背をのばした。
月読はおとなしいように見えて、その実怒らせれば大陸一恐ろしい。
三神の長、天を司る天照(あまてらす)以上の要注意神なのだ。
「天照はお前に配慮しているのだ。わかっているくせに、なぜそうまで――」
「説教はいいよ。どうせ月読も、あの人から云われたから来ただけなんだろ」
須佐乃袁のいじけた口ぶりに月読は眉を動かした。
「なんだその云い種は。わざわざ心配して来てやったというのに、このひねくれ者」
「わざわざ? 偉そうに…そんなの頼んでない!」
突然癇癪(かんしゃく)を起こす須佐乃袁に、月読は憐憫の情を抱いた。
< 1 / 8 >