黄泉送り ~3人の悪霊と1つの願い~
自室のドアを力任せに開け、そのままの勢いで廊下に飛び出した。一息に駆け下りるつもりでいたが、足に力が入らず危うく階段から落ちそうになる。
あの日から何日になるのか。何も口にする事もなく、誰に会うこともなく、カーテンを閉め切った暗い部屋の片隅でうずくまっていた。そのためだろう。イメージ通りに身体が動かない。
足音を耳にした母が、驚いてリビングから顔を出す。口が上下に動いているが、その声は耳には届かない。確かめる気にもならない。振り返ることもなく、俺はそのまま夜空の下に飛び出した。
満月がアスファルトの道を煌々と照らし、俺が目指している場所に導く。古い街並みを見下ろす小高い丘。そこに鎮座する、雨垂れに汚れた鳥居と、朽ちかけた木造の本殿があるだけの市橋神社を。
自転車に跨がり、交通量が少ない道を立ちこぎで一気に進む。自宅から市橋神社の鳥居まで、このペースなら10分とかかりはしない。
「市橋神社。
対で置かれた狛犬。
右側の狛犬がくわえる数珠を、その手にはめよ」
紡がれた言葉を思い出す。
真偽は分からない。分からないが、行くしかない。
街灯もない坂道を、月明かりだけを頼りに駆け上る。熱帯夜は当然の様に湿度が高く、噴き出したと汗がダラダラと顎から落ちていく。背中に貼り付くTシャツが、動きを阻害する。
10分足らずで鳥居まで到着すると自転車を乗り捨て、肩で息をしながら石段を走る。目指す狛犬は目前だ。