好きになった人、愛した人。
それは、この家で一緒に暮らす同い年の太一だった。


太一は濁った目でこちらを一瞥すると、ゆらゆらと左右に体を揺らしながら歩いてきた。


緊張が体中を支配する。


あたしの横を通り過ぎる瞬間、「この家から出てけよ、お前」低く、くぐもった声がそう言い放った。


決して怒鳴っているワケではないのだけれど、その声にゾクッと背筋が震えた。


返事もできないまま、棒立ちになる。


そして、太一は玄関横の階段をゆっくりゆっくり上っていく。


その音が一番上まで到達し部屋のドアを閉める音が響いたとき、ようやくあたしは呼吸を思い出し、足が動いたのだった。
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