好きになった人、愛した人。
太一はオレンジ色の財布を手に取り、中身のお札を抜き取った。


呆然として立ちすくむあたしに、太一は殻になった財布を投げ返した。


財布はトンッとあたしの腕に当たり、そのまま音も立てずに落ちた。


後ろで、太一がリビングを出る音がする。


やがて階段を上り、ドアを閉める音。


その音と同時に、あたしはその場へ膝をついた。


涙は出ない。



< 87 / 395 >

この作品をシェア

pagetop