視界の端の黒い靄 ~ MOYA ~
逃げなきゃいけないのに、身動きが取れない。
恐怖するあまり、頭が真っ白になっていたから。
ガタガタと体を震わせている私の背後から、まるで機械音みたいな男の声が聞こえてきた。
「殺シハシナイカラ安心シテ。”セツ”ノ体ヲ傷ツケルワケガナイデショ?」
…ごくり
息を飲み込みながら、私はただただ黙って、
気味の悪いその声を聞いていた。
「”セツ”ハ大人ニ近付イタネ…。」
そう言った直後、男は私の腰から太股に向かって手を滑らせた。
それが気持ち悪くて、
怖くて仕方がなかった…。
「ソロソロ時期ダヨ”セツ”楽シミニシテル。」
その言葉を最後に、男は私の腰から手を離し、ナイフを引いた。
私が直ぐに後ろを振り返ると、そこに見えたのは本棚だけ。
足音も出さずに、男はまるで”消えた”かの様に居なくなったんだ…。