forget-me-not
「うはー。疲れたぁー」
一日中歩き疲れ、すっかりくたくたなイオ。
豪快にベッドにダイブする。
あまり広くはない宿の一室。少し古そうな部屋の佇まいは、どこか懐かしさと哀愁を醸し出している。
部屋の小さな窓から差し込む月影は、ぼんやりと鈍い輝きを放つ。
サンドーネの夜、流れる静かな時間。
「ウルドは寝ないの?」
眠そうな顔をしたイオは、一人窓際に佇むウルドに声をかけた。
「ああ…。もう少ししたら寝るよ」
昼間とはどこか違う、ウルドの落ち着いた深い声。
振り返ったウルドの姿に、イオは思わず息を飲んだ。
白に近い金髪は、月明かりの下、透き通るように揺れて輝く。
妖しくこちらを見据える魔性の瞳は、気を抜けば心を奪われてしまいそうな程。
今目の前にいる人物は、ウルドではない。
そう思えてしまうくらい神秘的で、幻想的で……、そして魔物のようでもあった。
あの夜のウルドを思い出す…。
出会った日のウルドの姿を。
イオの深緑の瞳は、魔の紅に囚われたかのように目を逸らすことができない。
蛇に睨まれた蛙のように、動けずに立ち尽くすことしかできなかった。
「―――イオ…?」
心配そうなウルドの声に、イオははっと我に返る。
囚われの身から解放され、軽くなる身体。
「どうしたのかと思った。俺を見つめたまま、立ち尽くしてたから…」
困ったように頬を掻くウルド。
今、イオの目の前にいるのはいつものウルド。
「心配いらないって。ただ眠かっただけ」
不思議な気持ちを押し殺し、イオはおどけて笑ってみせた。
そんなイオの様子に安心したのか、ウルドも自分のベッドに歩み寄った。
「俺ももう寝るよ」
隣のベッドに寝転がるイオを一瞥したウルドは、手早く上着を脱ぐと、自分のベッドに入った。
「ウルド、おやすみ」
「おやすみ」
ウルドはそれっきり口を開かなかった。