forget-me-not


「“あの日”だって、斬り掛かってきたのはお前の方だ。

勝手に襲い掛かってきて、勝手に負けて……。それで俺に因縁をつけるのはおかしい」


ウルドはきっぱりと主張する。

しかし、対する男は腑に落ちない様子。
澄んだ空色の瞳はウルドをきっと睨み付けている。


「―――煩いっ。

貴様は、どんな魔物にも負けたことがなかった俺を負かした唯一の魔物…。

このまま貴様を生かしておくのは俺のプライドが許さない」


男はふいに上着の左袖を捲った。
露になった男の左腕には、傷傷しい深い傷痕がくっきりと残っている。
どうやら肩の方までその傷は続いているらしい。


「貴様にやられたこの左腕…。忘れたとは言わせない」


男の震える声から滲みだす黒い怒りの感情。
プライドを傷つけられた上、一生消えない傷を負わされた男のウルドに対する執着の表れ。


しかし、一方的に因縁をつけられたウルドにしてみれば迷惑極まりない話だ。

確かに男を瀕死に追いやったのは紛れもない事実だ。だが、それは男が殺そうとしてきたことに対する正当防衛。



「お前に深手を負わせてしまったことは謝る。

だが、殺そうとしてきたのはお前だろ?
俺だって死ぬのはごめんだ…」


ウルドの言葉を、男は鼻で笑って蔑んだ。


「笑わせるなよ魔物風情がっ。

貴様が死んだところで誰も悲しまない。だったら生きる意味なんてないだろうに…」


男の吐く言の葉の一つ一つが刃となってウルドを傷付ける。



自分が死んでも誰も悲しまない…。
確かにあの頃の自分ならそうだろう。

しかし、今は違う。
自分を思ってくれる人…イオがいる。



「――生きる意味ならあるさ。今の俺にはな…」


ウルドの表情から、怒りや悲しみはもう伺えない。

イオと過ごしていく中で自分は変わったのだと、ウルドは改めて思うのだった。



< 106 / 135 >

この作品をシェア

pagetop