forget-me-not


徐々に活気を増す朝の商店街。閑散としたこの広場にもじきに人が集まるだろう。



「貴様の生きる意味など関係ない。
俺は貴様を狩る…それだけだ」


男は一思いに大剣を抜こうとした…が、腕が動かない。

見えない力に囚われた男の右腕は、虚しく力むだけ。


「く…そっ。貴様、何をしたっ?」


焦りながらも毒づく男。
無理矢理見えない力に抗おうするが、腕はぴくりとも動かない。



「簡単な術をかけただけだ。

こんな場所でお前に騒がれたら都合が悪いからな。
それに……」


話を中断し、目配せするウルドの視線の先には、広場に入ってくる町の人の姿…。


「町の中では闘えない。お前だって騒ぎを起こしたくないだろ?」


ウルドに言われて、男は悔しそうに唇を噛み締める。

これ以上ここに居ても、埒があかないと考えたのか、男はふいとウルドに背を向けた。



「――貴様をここで取り逃がすなんて遺憾だ…。
だが、俺は絶対に諦めないからな。

貴様を地の果てまで追ってやる」


まだ術にかかった状態の動かない右腕をそのままに、男は広場の出口に向かい歩きだした。



遠ざかる銀髪の男…。


剣を抜くような形で固まった右腕が不憫に思えたので、ウルドは術を解いてあげた。




「―――化け物か…」


ベンチで一人、ウルドは男の言葉を思い出していた。

言われ慣れていたはずの言葉…。
なのに、こんなにも心が痛く、苦しくなるなんてどうしてだろう。


イオと旅を始めてから、自分はやけに“化け物”や“魔物”などいう言葉に敏感になったような気がする。



「俺は……」


(イオの前では、せめて人間でいたい)




ふと見上げた空。
広く澄み渡った碧空にあの男の面影が見えて、ひどく憂鬱だった。



< 107 / 135 >

この作品をシェア

pagetop