forget-me-not
「ありがとう」
ウルドの穏やかな笑顔に、イオは嬉しそうに頬を染め、頷いた。
「手、繋ごう?
はぐれたりしないように」
イオがぎゅっとウルドの手を握る。
その温かさに、ウルドは心が満たされるような気がした。
「―――それでは、お邪魔します…」
闇を照らす松明の灯りを頼りに、二人は魔の巣窟へと足を踏み入れたのだった。
「―――うーん…。
まさに幽霊屋敷って感じ…」
呟くイオが松明で照らす室内…。
天井に吊された厳かなシャンデリアは、すっかり蜘蛛の巣に覆れている。
大理石の床に、道しるべのように敷かれた厳かな絨毯の色はワインレッド。
屋敷に入ってすぐ目につく、奥の扉から弧を描くように降りる二つの階段は不気味な存在を放ち、訪れる者を闇へと誘うようだ。
「本当に幽霊なんているんだろうか……」
周囲に目を光らせながら、ウルドは呟く。
静かな屋敷内に、人の気配は感じられない。
「きっといるよ。ちゃんと噂だってあるんだから。
誰もいないのに楽器の演奏が聞こえてきたとか、血濡れの幽霊が屋敷を徘徊して侵入者を探しているとか…。
それでね、それでね、もっと怖い噂があってさぁ……」
イオが真面目ぶった顔で言いだすので、ただの噂もどこか真実味を帯びたように感じられる。
「――いや…なんか随分と有りがちな噂だな」
噂を語り出すイオに、ウルドは苦笑いで対応した。
「そうやってウルドは信じてくれないんだから…。
まあ一先ず、階段登った先のあの扉から行こうかっ」
張り切りモードのイオの指が指し示すのは、階段の先に構える大きな扉…。
扉の両脇には古い甲冑が槍を構え、まるで騎士が扉を守るかのように立っており、今にも動きだしそうだ。
「――あの扉はちょっと…」
ウルドの頼りない呟きに、イオはウルドの背中をぱしっと叩いてやった。
「――うぅ…、何?」
驚いて深紅の目を丸くするウルドに、イオはふふっと笑った。
「喝入れたの。
ウルド頼りないんだもん」
イオの言葉にウルドは軽いショックを受けた。