forget-me-not
暗い室内を照らすは蝋燭台の松明の光。
幾度となく響き渡る鋭い金属音。
「一体何なのっ?
これじゃちっとも埒があかないよ」
イオの剣はしっかりと甲冑を捉えている。
しかし、相手は金属の鎧なのだ。生身の人間ではない。
傷付きもしなければ、怯みもしない。意志を持った無機物。
「物理的に攻撃しても無駄ってことか…」
大鎌を横なぎに払い、ウルドは悩んだ。
このまま武器で闘っても、こちらの体力が削られる一方だ。
恐らく魔術によって動いているこの甲冑…。
“だったらこちらも魔術で対抗すればいい…”
ウルドの頭に一つの突破口が浮かぶ。
“だが、それは………”
ウルドはイオをちらりと見た。
小柄な身体で、必死に甲冑に剣を振るうイオの息は荒い。疲れが蓄まってきたのだろう。
このままではイオが保たない…。
イオが傷付くなんて耐えられない。
ウルドの心は大きく揺れる。
“――仕方ない。
こっそりとなら…”
心に決めたウルドは、イオに叫んだ。
「イオっ。
今、階段の下の方に幽霊みたいな影が見えたぞ」
ウルドの言葉を、イオは目を輝かせて信じ込んだ。
「え、嘘、本当っ?
どこどこー?」
完全に幽霊に気をとられたイオは、階段の下をしきりに見ている。
“よし、今のうちに…”
ウルドの深紅の瞳は二体の甲冑を捉えた。
ぐっと細くなる、縦に長い瞳孔。
『魔の呪縛から解き放たれよ』
ウルドが小さく囁くように魔の言霊を紡ぐと、二体の甲冑の足元に赤黒い魔法陣が現れた。
不気味に鈍く赤い輝きを放つ魔法陣。ゆっくりと回り始めたそれは、徐々に光を増してくる。
『奈落の底へと誘い揺れる
闇に灯る紅蓮の炎』
ウルドが目を細めた次の瞬間、魔法陣から音もなく灼熱の炎が火柱となり吹き上がった。
二体の甲冑は凄まじい闇の炎に巻かれて、すっかり姿が見えない。
「少しやりすぎたかもな…」
ウルドはちらりとイオの方を伺う。
イオはまだ階段の手摺りに寄り、幽霊を探しているようだ。