forget-me-not
闇の深淵。
そう呼ぶに相応しい雰囲気。
絡み、纏わりついてくる埃臭い屋敷の空気は不快なものだ。
五感で感じる、明らかに先程までとは何かが異なる室内。息を潜め、二人は足を進めるのだ。
「―――あ…やばい……」
ふいにイオが小さく声を上げた。
驚き、ウルドは闇に光る瞳でイオを見やる。
「松明……忘れてきちゃったみたい…」
先程の広間で、蝋燭台に松明を置き去りしてきてしまったのだ。
興奮と期待と恐怖でいっぱいだったイオは、今更その事実に気付いたらしい。
「―――仕方ないよね…。
こうなったらウルド、絶対にはぐれないようにしよう?」
やはり暗闇は怖いのか、イオの手にきゅっと力が入る。ウルドもそれに答えるように、イオの手を握り返した。
「大丈夫、俺がいるから…」
ウルドにしては珍しい、心強い言葉。
暗闇でも支障がないウルドの紅い瞳は、真っ暗な屋敷の中で輝き、イオを捉える。
「ウルド…」
ウルドの垣間見る魔物的な雰囲気に、イオは少しどきりとする。
今にも噛み付いてきそうな狂気を根底に秘めたような血潮の紅に、酔わされてしまわないようにイオはさり気なく目を逸らした。
「――なんか今のウルドちょっと恐い。
今にも私に噛み付いてきそうなんだもん…」
ウルドと目を合わせぬまま、イオは歩く速度を早める。
なんとなく口にした冗談半分、本気半分の言葉だった。
ただ、本当にこのままウルドと見つめ合っていたら、魅入られてしまうような気がしたから。
たとえウルドにその気がなくても…。
「――噛み付くだなんて、そんな…。
俺は、俺はただイオのことを……」
ウルドは縋るように、震える声を絞りだす。
ひどく悲しげな声色のウルド。
イオは胸を締め付けられる思いに駆られる。
立ち止まり、振り返ったイオの瞳に映る紅は臆病に震えて見えた。