forget-me-not
「――そうだ、これは俺がイオに渡したお守りだったな…」
宝石の青は思い出の色。
ウルドの脳裏に浮かぶ、勿忘草の野原。
「あの頃に戻れたらどれだけ幸せだろうか…」
もう戻れない。
そんなことわかっている。
穏やかに寝息をたてるイオを起こしてしまわないように、ウルドはそっと立ち上がった。
まだ多少ふらつく、覚束ない足取り。
「――ありがとう」
寂しげにウルドの紅い瞳を細め、頼りなく笑った。
形のいい唇からちらりと覗く八重歯は牙のように鋭い。
このまま一緒にいても、いつか自分はイオを傷付けるだろう。
あの優しいイオだって、真実を知ったら自分を嫌い、拒絶するに違いない。
そんな辛い思いをするくらいなら…。
ウルドの思いは決まっていた。
「イオ、さよなら…」
ウルドは冷たい手でイオの頬に優しく触れた。壊してしまわないように、傷付けてしまわないように…。
柔らかな栗色の髪、目鼻立ちの整った少し幼い顔付き、閉じられた瞼の下に眠る深緑の瞳…。
イオの笑顔、声、二人過ごした日々を胸に刻み付ける。
「さよなら、俺の一番大切な人…」
開け放った窓。
広がる鈍い月明かりの照らす夜の世界。
闇色の大鎌を背負ったウルドは、音もなく窓の外へと飛び出した。
“光の届かない闇の世界の方が俺には似合っている…。
――さよならイオ、どうか幸せに…”
何も知らず眠る、イオの左手の青い宝石が弱々しく輝いた…。
サンドーネの夜はまだ長い。