forget-me-not
「あの人…人間じゃない。あの姿はまるで悪魔みたい」
イオは男から目を反らせずにいた。
一瞬にして人を引き付けてしまう容姿。
そしてどこからか込み上げてくる不思議な感情。
「…なんだろ?初めて会った気がしない……」
この感情は懐かしさ…?
イオはどこからか込み上げてくる感情に戸惑いを憶えた。
儚げに自分を見つめるその男。悍ましさの中に優しさを含んだような視線。
“後で君を迎えにいくから…”
雨音でかき消される男の声。しかし、イオにはしっかりと伝わった。
「私を迎えに…?」
男に言葉の意味を聞こうと思ったが駄目だった。男は踵を返し、雨の町へと消えていく。
石畳を鳴らす靴音。
雨が降っているにも関わらず男は濡れているようには見えなかった。
風に靡く黒いロングコートが見えなくなるまで、イオは男の後ろ姿を目で追った。
「あの人は…、誰?」
もやもやと付き纏う疑問。去りぎわに男が放った意味深な言葉が胸に突っ掛かり離れない。
いつまで待っても止まない雨。おもむろに開いた懐中時計はすでに夕刻を指している。
「うーん。もう宿借りた方がいいかも」
見上げれば相変わらずの濁った空。絶えず零れ落ちてくる空の涙。
イオは心を決め、雨の中に飛びだした。
イオはまだ気付いていない…。
この日この場所に居合わせたという奇跡に。
あの男が放った言葉の意味に。
_