forget-me-not
紅い視線はどことなく狂気を含んでいるようで、マスターは生唾を呑んだ。



それに気付いたのか、イオがウルドの肩にそっと触れた。



ウルドはビクッとし、肩を竦める。


「……悪い、じろじろ見すぎた。別に深い意味はないから。



………トマトジュース」






―――?


一瞬この場に不思議な空気が流れた。
沈黙の中、他の客らの話し声だけがBGM。

イオとマスターの頭上に?マークでも浮かびそうだ。




「ウルド…。トマトジュース?」



イオの言葉に大真面目にウルドが頷いた。

どうやら質問の仕方を間違えたらしい。



「んー、トマトジュースって?」



イオのもう一押しにウルドの表情が緩くなる。
白い頬を軽く引っ掻きながらイオに小さく笑った。




「ふうん、イオはトマトジュース知らないのか?
甘過ぎなくて、美味しいジュースだ」




知識?を披露してどこか得意気な表情のウルド。



ウルド…。
何かがズレている。


イオは改めてウルドの天然さを思い知った。

普段は寡黙そうで、聡明な感じがするのだが、一度口を開くともったいないことになる。





困惑気味のイオの隣、マスターが口を挟んだ。



「もしかしてトマトジュースを注文したってことじゃないか?」



その言葉にイオは大いに頷く。やっと謎が解けた。


「なるほどっ。ウルドはトマトジュースが飲みたかったわけだ。


じゃあ私もついでにココアを一杯お願いします」



「――了解」


マスターは愛想のいい笑顔を残し、トマトジュースとココアの準備のために厨房の奥へと消える。






イオは小さく微笑み、ウルドの方を見る。


ウルドは壁に貼られているメニューを眺めていた。



格好いい横顔。
この妖しさすら感じさせる容姿は罠。



一緒にいると案外人間臭くて、へたれ。
天然で仲間思いなウルド。



よく見るとウルドは微かに微笑んでいる様だった。
ちらりと覗く八重歯が可愛いらしく見えた。
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