forget-me-not
「はいっ、只今。
―――オーダーあったからちょっと行ってきます」
マスターは店内を移動するのに邪魔になる翼を畳み、自分を呼んだ客のもとへ行ってしまった。
ウルドはその後ろ姿を見送りながら、ジュースを飲み干したグラスの中、残った氷をストローでかき回していた。
グラスに写る忌々しい自分の姿。
自分が何者なのかすら解らずに、壊れゆくのをただ黙って感じているだけ。
イオを旅に誘ったのも、行きたい場所や目的があった訳でもなく…ただイオと一緒に居たかったから。
あの日からずっと探していたイオに会えた……それだけでよかったはずなのに。愚かで我が儘な自分は、折角会えたイオと離れたくない一心でこの道を選んだ。
この道の果てに待っている“何か”がイオを傷付けることになるかもしれないと薄々感付いているにも関わらず…。
「ウルド」
愛しい声に顔を上げると、いたずらっぽく笑うイオの顔が目の前にあった。
“何?”と尋ねようと口を開きかけたが、イオの言葉に遮られてしまった。
「何、辛気臭い顔してんのーっ?」
明るく、他の客に迷惑になりそうなくらい大きなイオの声。
刹那、おでこに感じたぴりっと小さな痛み…。
「?」
おでこを手で押さえ、きょとんとするウルドは状況が掴めてない様子。
そんなウルドにイオはけらけらと笑っている。
「デコピンだよっ。
ごめんね、痛かった?」
イオはよくウルドにいたずらをする。
しかし、何故かいつも許してしまう。
今回だって例外ではなく…。
「ちょっと痛かった…。でも大丈夫」
ウルドの言葉にイオの笑みは輝きを増すのだった。
ウルドはイオの笑顔が好きだった。
イオはウルドにいたずらをする時いつだってキラキラ眩しい笑顔を向ける…。
その笑顔が消えてしまうことが一番悲しいから、ウルドは許す…。
イオの自分を励ますための無邪気ないたずらを。