forget-me-not
窓の外はもう夜の闇が訪れていた。
しかし、村の騒がしさは増している気がする。本当に賑やかな村だ。
もうそろそろ明日に備えて宿をとらなくてはいけない。
もし部屋が空いてなかったら大変だ。
「マスター。お勘定お願いしまーす」
イオが厨房にいるマスターに声をかけると、すぐさまマスターが走ってきた。
「ありがとうございましたー。また来てくださいね」
勘定を済まし、店を出る二人をマスターの明るい声が見送った。
マスターの姿は背中の翼以外、普通の人間と変わらない姿をしている。
年齢は三十代前半だろう。焦げ茶色の髪は長くもなく短くもなく。瞳は綺麗な紫色。
イオが見抜けないのも無理はない。
ウルドは魔物か何者かわからないが、瞳と雰囲気が人間離れしていたので初対面で見抜いたが…。
「しっかり手、繋ごう」
「あ、あぁ」
イオに促され、照れながらも手を繋ぐウルド。
すれ違う人の数が先程よりも増えている為、進みが悪い。
人の波に流されそうになりながらも健気に歩く二人。お喋りもやや控え目に、必死になって宿を見つけた。
それはメインストリートを脇に入った路地の一角にあった。
小さな宿は、至ってシンプルな外装。
ウルドは出来れば人が少ない宿がいいと言っていたので、イオは人の多いメインストリートを脇に反れ、あえて狭い路地に入った。
そしたら大正解。
落ち着いた雰囲気の宿を発見したのだ。
「ここでいいよねっ」
イオは早速扉を開いた。
ウルドもイオに続く。
「いらっしゃい」
落ち着いた宿にぴったりの落ち着いた声。
宿の主人のおじさんの優しい顔に二人は癒された。
内装もセンスがある。
木の壁に木の床、全体的に温かい木の茶色で統一されているようだ。
そんな中一つ、他と違う存在感を放つ物…壁に掛けられた絵画に二人の視線は釘付けになる。
草花を纏った大蛇が森の中でとぐろを巻いている絵。間違いない、“ウェリムーザ”の絵だ。