forget-me-not
イオは何者かが窓を叩く音で目が覚めた。
まだ眠気眼、覚醒しない頭で窓の方を向く。



「……君は誰?」


雨の中で出会ったあの男が今、窓ガラス一枚を隔てて目の前にいる。


近くで見たその顔は端正。しかしどこか影のある、そんな印象だった。





イオはどうすべきか悩んだ。

目の前の男は見るからに怪しい。容姿からして普通の旅人でないことは確か。


昼間の言葉の通り、イオを迎えに来たのだろうか。



「悲しそうな顔…」


男は血のような紅の眼差しをイオに向けている。
悲しそうに、いとおしそうに、目を反らすことなくずっと。




イオは恐る恐る窓を開く。どうやら鍵は開いていたようだ。入ってくることはいくらでもできたのに、男は何故わざわざ自分を起こしたのかイオは不思議に思った。




「一先ず入って。誰かに見つかったら不審者扱いされちゃうよ」



イオが声をかけると男はゆっくりと部屋に足を踏み入れた。



一応身構えるイオに、男はまた表情を暗くする。


「窓…。窓は閉めた方がいいか?」



部屋に響く低めでハスキーな声。心の奥に静かに留まるような、懐かしいような声。
思わず聞き入ってしまっていたようだ。



「う、うん。閉めてくれると嬉しいかな」


緊張しながらイオは男に笑顔を向ける。

男はイオの思わぬ反応に一瞬その白い頬を赤く染め、誤魔化すかのように窓を閉めた。




窓から差し込む月明かりに照らされ、男の端正で異質な顔はより神秘的に映る。


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