たとえば音楽の神様に振り向いてもらえなくても
凛とは中学も同じ学校で、私の夢を打ち明けた初めての相手でもある。
とは言っても、中学の頃は三年間、一度もも同じクラスになった事はなかったし、部活動だって私は吹奏楽部、凛はいわゆる帰宅部というやつだった。
当時の私たちは、お互いに知ってはいたけど、廊下で目が合っても声を掛け合う仲でもなかった。
そんな私たちだったけど、卒業する前に一度だけ言葉を交わした事がある。
当時から音楽に熱中していた私は、クラスの出し物でバンド演奏をやろうとみんなに持ちかけた。
三年生、中学校生活最後の文化祭だったこともあって、普段音楽に関して無頓着な子達も、
「面白そう!」
と、声を揃えて賛同してくれた。
音楽の授業を通して学習してきた、クラスのみんなが使える楽器で演奏をすることになった。
そんな時、主導権を握るのは普段から音楽に勤しんでいる吹奏楽部の私だった。
みんなが授業で使ったありきたりの楽器、クラッシックギターやリコーダー、シロフォン、鍵盤ハーモニカなどで地味に演奏している中、私はそのバックでドラムを叩いては歓声を浴びた。
そして、わたしがバンド演奏を提案した一番の理由は、そう、みんなの前で、全校生徒の前で歌いたかったから。
見事その欲望を果たした私は、全校生徒から一目置かれる事になる。
「柴川 明は学校一歌が上手くて、ドラムも叩けるすごいやつ!」
なんて、気持ちがいい。
大好きな音楽でみんなからこんなにも注目されている。
この時、私は確信したんだ。
これが私の進むべき道なんだって!!
凜ももちろん、このステージを体育館の観客席から見ていたらしくて、後日廊下でばったりと出会った時、通りすがろうとしていた私に声を掛けてくれた。
「あのっ。柴川さん・・・だよね」
凜の声は、鈴の音のように高くて、ああ心地良いなあって思ったのを今でも覚えている。
「そう、だけど」
内気な凜のことだ。
きっと緊張していたんだと思う。
私の返事に被せるようにして続けた。
「文化祭すごく良かった。あの、私、柴川さんの歌いいと思う」
顔を真っ赤にしながら伏し目がちに話す凜の言葉が妙に照れくさくて感じて私は、
「ありがとう」
と足早にその場を去った。
それが、私達が交わした初めての言葉だった。
同じ学校にいたから、クラスが違っても凜が私と同じ高校を目指していたのは知っていた。
成績が優秀って噂は聞いていたし、凜はもっと、もっと偏差値の高い学校に行くんだと思っていた。
凜は余裕だっだだろうけど、私は正直に言うと、合格発表の日まで気が気じゃなかった。
もちろん、きちんと勉強はしたけど、何しろ大好きな音楽のこと以外は全く興味がない。
いくら時間を費やしても、頭に蓄積されない歴史の年表や、数学の方程式に頭を抱え込む毎日を過ごしていた。
入学式のクラス発表で凛と同じグラスだと知った。
凜は大人しくて控えめな子だったけど、他に同じ中学出身の子も、いなかったから私達は自然に一緒にいるようになった。
二年生になっても変わらず同じクラスでいられた事を祝って、今日の放課後は駅前のケーキ屋さんで、食べ放題に挑戦する約束をしている。
夢と希望と若さに溢れた高校生活。
きっとこれからだって楽しいはずだ。
下校時間の頃になるとケーキ屋さんは学生たちで溢れかえっている。
普段はあまり見かけない他校の生徒も「激安!食べ放題!」の噂を聞き付けて我先へとやってくるからだ。
三十分待ってようやくありつけ色とりどりのケーキを、特大サイズで口に運ぶ私と小さくフォークで切り分けて食べる凜。
私達はいろんな事が正反対で、だからきっとこんなにも居心地が良いんだろう。
「ねえ、凜これ終わったらどうする?」
凜は動かしていた手を止めて目を閉じた。
凜の考えてますよって時の仕草だ。答えはもう決まってるくせに。
「んー、カラオケ」
そうだ、凜は私のファンクラブ第一号だから。
私の歌で勇気づけてあげるんだ。包んであげるんだ。照らしてあげるんだ。
「明の歌聴くとね、何かね、色んな感情がぶわっーて押し寄せて来てそれで、すっきりするの。私、こんなんだからすっきりするんだよ。本当に」
凜はほとんどマイクを持つことはない。
隣で一生懸命リクエストのナンバーを入力する凜を尻目に、自分の歌が誰かを幸せにしているなんて思い上がった自己満足に浸りながら、中途半端に、会得したと信じるビブラートやフェイクでソウルだの、R&Bだのを歌えている気になっていた。
「この、曲、歌詞がすごくいいの」
そう言って凜が時々歌ってくれた静かなバラードに耳を傾けることも出来ずに。
帰り道、凜は大人しかった。
普段から大人しい方だけど、たまに凜は、いつもにも増して静かになる。
そんな時の凜はどこかと途方もなく遠い場所を見つめて、今にもそっちへいってしまいそうな顔をする。
それはとても悲しくて、とても美しい顔。
私はそんな凜の手をとって連れ出す覚悟なんてないから、いつも置き去りにして振り返らずに進むんだ。真っ直ぐに。
凜は私に助けなんて求めたりしない。
だから私も、決して振り返らない。
私は凜に夢を語り、凜は私の夢に寄りかかる。
私達は常に対極でいい。
とは言っても、中学の頃は三年間、一度もも同じクラスになった事はなかったし、部活動だって私は吹奏楽部、凛はいわゆる帰宅部というやつだった。
当時の私たちは、お互いに知ってはいたけど、廊下で目が合っても声を掛け合う仲でもなかった。
そんな私たちだったけど、卒業する前に一度だけ言葉を交わした事がある。
当時から音楽に熱中していた私は、クラスの出し物でバンド演奏をやろうとみんなに持ちかけた。
三年生、中学校生活最後の文化祭だったこともあって、普段音楽に関して無頓着な子達も、
「面白そう!」
と、声を揃えて賛同してくれた。
音楽の授業を通して学習してきた、クラスのみんなが使える楽器で演奏をすることになった。
そんな時、主導権を握るのは普段から音楽に勤しんでいる吹奏楽部の私だった。
みんなが授業で使ったありきたりの楽器、クラッシックギターやリコーダー、シロフォン、鍵盤ハーモニカなどで地味に演奏している中、私はそのバックでドラムを叩いては歓声を浴びた。
そして、わたしがバンド演奏を提案した一番の理由は、そう、みんなの前で、全校生徒の前で歌いたかったから。
見事その欲望を果たした私は、全校生徒から一目置かれる事になる。
「柴川 明は学校一歌が上手くて、ドラムも叩けるすごいやつ!」
なんて、気持ちがいい。
大好きな音楽でみんなからこんなにも注目されている。
この時、私は確信したんだ。
これが私の進むべき道なんだって!!
凜ももちろん、このステージを体育館の観客席から見ていたらしくて、後日廊下でばったりと出会った時、通りすがろうとしていた私に声を掛けてくれた。
「あのっ。柴川さん・・・だよね」
凜の声は、鈴の音のように高くて、ああ心地良いなあって思ったのを今でも覚えている。
「そう、だけど」
内気な凜のことだ。
きっと緊張していたんだと思う。
私の返事に被せるようにして続けた。
「文化祭すごく良かった。あの、私、柴川さんの歌いいと思う」
顔を真っ赤にしながら伏し目がちに話す凜の言葉が妙に照れくさくて感じて私は、
「ありがとう」
と足早にその場を去った。
それが、私達が交わした初めての言葉だった。
同じ学校にいたから、クラスが違っても凜が私と同じ高校を目指していたのは知っていた。
成績が優秀って噂は聞いていたし、凜はもっと、もっと偏差値の高い学校に行くんだと思っていた。
凜は余裕だっだだろうけど、私は正直に言うと、合格発表の日まで気が気じゃなかった。
もちろん、きちんと勉強はしたけど、何しろ大好きな音楽のこと以外は全く興味がない。
いくら時間を費やしても、頭に蓄積されない歴史の年表や、数学の方程式に頭を抱え込む毎日を過ごしていた。
入学式のクラス発表で凛と同じグラスだと知った。
凜は大人しくて控えめな子だったけど、他に同じ中学出身の子も、いなかったから私達は自然に一緒にいるようになった。
二年生になっても変わらず同じクラスでいられた事を祝って、今日の放課後は駅前のケーキ屋さんで、食べ放題に挑戦する約束をしている。
夢と希望と若さに溢れた高校生活。
きっとこれからだって楽しいはずだ。
下校時間の頃になるとケーキ屋さんは学生たちで溢れかえっている。
普段はあまり見かけない他校の生徒も「激安!食べ放題!」の噂を聞き付けて我先へとやってくるからだ。
三十分待ってようやくありつけ色とりどりのケーキを、特大サイズで口に運ぶ私と小さくフォークで切り分けて食べる凜。
私達はいろんな事が正反対で、だからきっとこんなにも居心地が良いんだろう。
「ねえ、凜これ終わったらどうする?」
凜は動かしていた手を止めて目を閉じた。
凜の考えてますよって時の仕草だ。答えはもう決まってるくせに。
「んー、カラオケ」
そうだ、凜は私のファンクラブ第一号だから。
私の歌で勇気づけてあげるんだ。包んであげるんだ。照らしてあげるんだ。
「明の歌聴くとね、何かね、色んな感情がぶわっーて押し寄せて来てそれで、すっきりするの。私、こんなんだからすっきりするんだよ。本当に」
凜はほとんどマイクを持つことはない。
隣で一生懸命リクエストのナンバーを入力する凜を尻目に、自分の歌が誰かを幸せにしているなんて思い上がった自己満足に浸りながら、中途半端に、会得したと信じるビブラートやフェイクでソウルだの、R&Bだのを歌えている気になっていた。
「この、曲、歌詞がすごくいいの」
そう言って凜が時々歌ってくれた静かなバラードに耳を傾けることも出来ずに。
帰り道、凜は大人しかった。
普段から大人しい方だけど、たまに凜は、いつもにも増して静かになる。
そんな時の凜はどこかと途方もなく遠い場所を見つめて、今にもそっちへいってしまいそうな顔をする。
それはとても悲しくて、とても美しい顔。
私はそんな凜の手をとって連れ出す覚悟なんてないから、いつも置き去りにして振り返らずに進むんだ。真っ直ぐに。
凜は私に助けなんて求めたりしない。
だから私も、決して振り返らない。
私は凜に夢を語り、凜は私の夢に寄りかかる。
私達は常に対極でいい。