たとえば音楽の神様に振り向いてもらえなくても

その男、徳光

凛と別れた後、私は徳光に会いにいった。


徳光 和歩(とくみつ かずほ)は私が十歳から約五年間通っていたドラム教室の講師だ。


私の家から二駅ほど離れた町に住んでいる。

二駅と言っても、その間隔は非常に狭く、自転車に乗っている私が駅から駅を跨ぐのに、十五分とかからない。

との駅の商店街でも、道行く人の中に知り合いが必ずと言っていいほど紛れていて、声をかけられたりすると、何だか後ろめたく感じることもある。


徳光のいないドラム教室の前を猛スピードで通り過ぎる。
前から来たベビーカーを押している三十前後のおばさんが、怪訝そうな顔付きで立ち止まった。

ああ危ない危ない。やたらにゆっくりとねっとりとなぞられていくような呟きが、今にも聞こえそうだった。

私の嫌いな物。
眉間に皺を寄せた子連れママの顔。吐き気がするし、苛つく。正面から真っ直ぐに見据えてやった。

そうすると、大概のママ達は目を反らす。私は女だから、その理由がなんとなく分かる。

それに、後十数年したら私だって同じように目を反らすと思う。


そんな、くだらない生き物だ女なんて。
だから、私は、母を恨んだりしない。


生きたいように生きればいい。女は自分らしくいられる時間など限られてるのだから。

私も、自由に生きている女になるんだ。
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