「ねぇ米山くん、どうしてそんなに不細工なの?」
「でも米山さんの方は、そんな宇留ちゃんを全然相手にしてないってのも、みんなちゃーんとわかってる。だから、米山さんは悪くない」

向山さんはそう続けて、言った自分自身に満足したように、うん、うん、と頷いた。


「だけど、早川さんは、そうは思ってなかったってことですよね?」

「恋は盲目って言うじゃない。それに早川さん、若いし?」

向山さんは自信満々で言い切った。向山さんの手にかかれば、『恋は盲目』と『若い』だけで、この世の色恋沙汰は大概片付いてしまいそうな勢いである。


「今頃二人、どんな話してんだろ? 気になるよねー」

向山さんは、悪戯っぽく笑った。

「気になるっていうより、向山さん、面白がってない?」

向山さんと仲のいい年配の女性看護師が、冗談っぽく指摘すると、

「だって、面白いもん」

なんら悪びれることなく向山さんは答え、声を漏らして笑った。



歯磨きを終えたとほぼ同時に、休憩時間も終わった。詰め所へ戻ると、宇留野さんと早川さんは、何事もなかったかのように、既に職務に就いていた。

遅休憩の看護助手から申し送りを聞き、午後からの仕事に取り掛かろうとしていると、

「米山さん」

不意に、背後から声を掛けられた。


「はい?」

返事をしながら振り返った先には、ばつが悪そうな苦笑を浮かべた早川さんが立っていた。

「さっきはごめんなさい」

言いながら、早川さんは勢いよく頭を下げた。

「あの、大丈夫です、ほんと、全然」

戸惑いながらもそう返した。けれど、早川さんは、中々頭を上げようとはしない。艶のある栗色の髪が綺麗だなと思った。


「私、完全に誤解してました。宇留野さんの話を聞いて、米山さんがそんな軽い女じゃないってこと、よーくわかりました」

言ってから、早川さんはようやく頭を上げた。

宇留野のヤツ、一体どんな話をしたんだか。そっちもかなり気になるけども、むしろ、早川さんに軽い女だと思われていたことが、かなりショックだった。


< 216 / 241 >

この作品をシェア

pagetop