花散里でもう一度
久しぶりに会う婆様は、伊吹に首ったけで離さない。
「伊吹大きゅうなったなぁ!もう歩けるのと違うか?」
「まだ十月だ早いと思うが。楽しみじゃの。」
爺様も眦を下げて、嬉しそうにしている。本当の祖父母の様に良くしてくれるこの二人には、感謝してもしきれ無い。
生垣の向こうから、野良仕事の途中の年寄りが婆様に話し掛け、そのうち縁側に上がり込み、爺様も漬物を出して来たりと、長閑な村の風景は、どこか故郷の漁村を思い起こさせ、初めて訪れた気がしない。
「あんたかね、阿久の嫁さんつうのは。めんこいのう、あの悪たれ小僧もやるじゃないか。」
「しかし、綺麗な顔立ちの子じゃのう。阿久に似んで何よりじゃ。」
「母親に似て、パッチリとした目と、長い睫毛じゃ、女を泣かす色男になるて。」
笑いながら、ぽりぽりとたくあんを齧る婆様達。女三人寄らば姦しい…幾つになっても女は変わらないらしい。
しかし、今重大な誤りがあった。
せめてそれは訂正しなくてはならない。
「あの、私は阿久とは…」
「まんまんまん、ぶーっ」
這いながら婆様の手から逃れ、喃語を発し私の膝の上に登る伊吹は、どうやら腹が空いた様で、襟元にその小さな手を差し入れ、目当ての物を探している。
皆迄言えず、伊吹の「乳くれ」攻撃に、仕方なく乳を出す。
それにも大分慣れた。
見知らぬ婆様達に囲まれながらの授乳も、阿久との気まずい空気の中でも、割と平気でポロリとやる私。
だって、ぱんぱんに張り詰めた乳をどうにかするには、伊吹に飲んでもらわなくてはならないのだ。背に腹は替えられん。
痺れるような痛みは、我慢すれば何とかなる物ではないし、乳を出さねば下手をしたら膿んでくる。そうなれば大変だ。
縁側に腰掛けて、伊吹に乳をくれていると、わらわらと年寄りが集まって来た。
「元気な子じゃ。良かったのう、こんな良い子が授かって。婆様達も阿久には手を焼いたけんな、親孝行出来てほんに良かった良かった。」
「あぁ、あれだけ強面ででかけりゃ、迫力あるけのう。子供の頃から腕っ節も強かったし、自分より年上の子供相手によう喧嘩をしとった。あとは子分どもを引き連れて、野菜泥やら、戦ごっこ、ちいっと色気付いては、夜這いに精出した時期も有ったでな…」
にやにや笑いながら村の婆様達が教えてくれる、全くもって聞きたくも無い阿久の昔話。
そうこうしているうちに、婆様達で盛り上がり、自らの在りし日の栄光を語り合う姿に、誤解を解く隙は無いと、溜息を吐いた。
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