花散里でもう一度
記憶
沢山の反物や、紅、香木、美しい飾り帯。
こんな物一体どうやって手に入れたと言うのだ。
目の前に広げられた、包みの山を飽きれて眺める。
炭を売りに出た阿久が、替わりに沢山の土産を持って帰って来た。
けれど、炭を売って得られるとは、到底思えない高価な品々。
唯一、煌びやかな品に混じっていた小さなでんでん太鼓が、それに見合う物だろうか。
「これ…どうしたんだ?…いや、どうするんだ…。」
「…俺が使う物だと思うのか。」
いや、思わない。
あの厳しい顔した男が、花の様な着物をまとい、紅を引くなど…正直気色悪い。
「…誰ぞ大切な人への贈り物なんだろ。いやいや眼福であった…」
開いた包みを閉じ、阿久の方に押しやる。
すると阿久がそれを押し返す。
どういうつもりだと困惑しながら、尚も阿久の手元に押し付ければ、不機嫌な声で呟く。
「あんたにやる。」
そんな地の底から聞こえる様な、呪詛でも唱えるみたいな恐ろしい迫力で言われてもさ…。
あ。
と、ふわりと香る白檀に、脳裏に蘇る記憶がある。
ーーーー母上様の香りーーーー
香りと共に瞼に浮かぶ、優しげな微笑みを浮かべる父母の姿。
継母とは言え、実の母の様に暖かく私を迎え入れてくれた人。
初めて父上様の屋敷を訪れた時でさえ、緊張と恐怖でぶるぶる震えながら立ち尽くす私に、手ずから握り飯を渡してくれた。
「おなかが減っているのではありませんか。お食べなさい。」
震える手で、見たこともない白くてピカピカ光る米の握り飯を受け取った途端、腹の虫が盛大に鳴り響き困った。
でも、母上様が声を上げてお笑いになったのは、周りの緊張を解きほぐしたかったからだろう。
母上様の笑い声のおかげで、張り詰めた空気が和らいだものだ。
正直貴族の奥方のやる事では無かったが、それでも幼子を思いやっての事。なかなか出来る事ではない。
今思い出しても、どうしようもなくみすぼらしい乞食同然の私を、嫌な顔一つしないで世話してくれた。
そして、茨木と生きるのだと、心を定めた私に言ってくれた言葉が、何より私を励ましてくれた。
「幸せになりなさい。」
涙ながらに微笑み、私を抱きしめてくれたあの日の母上様も、同じ香りがしていた。
あの涙の意味も、今なら解る。
頭で分かっていたつもりでも、本当の意味では分かっていなかった私。
紛れもなく、私のもうひとりの母だ。