花散里でもう一度
疲れ切った身体を引きずりながら、雪路を歩き、やっとの事で洞穴を見つけた鬼達は、声も無く座り込む。
負け戦をして、命からがら逃げ出すのが精一杯。
取るものもとりあえず、着の身着のまま。周りをかまう余裕なんて無い。
明日の食べ物にも困窮する逃亡生活なのだ。
疲れ果てた鬼達だが、それでも気力は尽きていない。
突き刺す様な、幾つもの視線を感じる。
憎しみに満ちたその視線は、人間への怒りの大きさを窺い知る。
だが憎悪であれ、強い感情もまた生きる為の糧となる。
それなら私を恨み憎めばいい。
当然だ。
それだけの事があったのだから。
鬼の存亡を掛けた戦、勝敗を決したのは裏切り者の存在、人間側に通じた茨木の妹。
そうさせたのは私。
「茨木、私は人間だ。里に降りたとて危害を加えられはしない。私の事は大丈夫だから、今は皆の為に行ってくれ。」
そう言った私を、穴が空くほど見つめる茨木。
こんな時でも、彼の緑ががった灰色の瞳に見入る私がいる。
綺麗な瞳、今は私が写っている。
でも、これから先は違うの。
「なに言ってるんだ。お前を置いて行けるわけ無いだろう。」
苛立ちを含む茨木の言葉に、内心ホッとする自分がいる。
まだ、私を必要としてくれる。
猫の様に茨木の胸元へ、頭を摺り寄せる。
今は泣いてはだめだ。
一粒でも涙が転がり落ちれば、きっと茨木は前に進めなくなる。
笑えているかな。
無理矢理でも、微笑まなくちゃ。
茨木を生かす為に、皆が暮らせる場所を見つける為に。
「行ってくれ。私の為に行ってくれ。」
「やめろ!…やめてくれ、頼む…。」
私の身体を掻き抱く茨木の左手は、肘下の半ばから先が無い。
私を庇って、左手を取られた。
斬ったのは茨木の異母妹。
茨木に恋をしていた彼女は、手に入らない茨木の心を諦めた時、全てを消し去ろうとした。
人間側に通じ、鬼を裏切った妹。
その実、憎しみの感情さえも利用して、茨木に自らの存在を、その記憶を焼き付けた。
その手腕に驚きいるが、それは決して彼女を幸せにはしなかった。
いや、彼女は笑って逝ったのだ。
満足そうな笑みを浮かべた、彼女の死顔は美しかった。
あれは彼女なりの、幸せな結末だったのかもしれ無い。
不安そうな顔をした茨木が、覗き込む。
捨てないで、と懇願するような瞳。
違うよ、捨てるんじゃない。
私から解放してあげるの。
貴方はただの鬼に戻って、長としての責務を果たして頂戴。
今や私は、貴方の一族にとって憎しみの象徴。
私と、一族との間で板挟みになって苦しむ茨木を見たくないよ。