花散里でもう一度
手を引かれ部屋に戻れば、伊吹の小さな寝息が聞こえる。

それを聞けば、つい今しがた決めたはずの心が揺らぎ出す。

これでいいの…?
他に道は無いの?
茨木は…許してくれる?

夜具の前で立ち尽くす私を振り返る阿久。

「来い。」

端的に自分の要求のみを突き付ける阿久。

閨に置ける甘やかな空気など欠片もない。
もっともそう言う関係なのだから当然だし、経緯はどうであれ妻としてこれからすることは、夫への裏切りに他ならない行為なのだ。
そんなものが有る方が、より酷い話。
これが茨木に知れたらと思うと、恐怖に身がすくむ。

他の男に体を売り、挙句に茨木に見限られたらと思うと…堪らない。

「チッ…」

小さく舌打が聞こえる。
それでも動けずにいる私の手を掴むと、乱暴に腕を引かれた。
勢いのままに、阿久の腕の中に飛び込む。

香るのは先程の薫り。
若い、雄の匂い…。

気付けば小屋の梁が視界に入り、押し倒されたのだと知る。

抵抗する間も無く、阿久の無骨な手が性急とも言える勢いで襟の合わせを広げた。

伊吹を産む前には考えられない大きさに膨らんだ乳房が晒される。
静脈の浮いた白い乳房は作り物めいて気持ち悪い。だが暗闇の中ではそんな事関係無い。
それを遠慮もなく揉みしだく大きな掌は、執拗な程に色付いた頂きも捏ねる。
最後に乳をくれたのは何時だったか、だいぶ時間が空いていたのは間違いない。ほんの少しの刺激でも滲み出る、乳房に溜まった母乳が阿久の手を濡らす。

「やっ、まっ待って!わたし…」
「必要ない。自分で言っただろうが、対価だと。いつ受け取るかは俺が決める。」

僅かな窓の隙間から、淡い月明かりが射し込んだ。
暗闇に慣れた目には、そんな月明かりでも部屋の中は十分見える。

男が乳に濡れた長い指を舐める。
目を細め、これ見よがしに舐めとる阿久はジッと私を見下ろしながら、笑みを浮かべた。

羞恥に震えるも、組み敷かれた今の状態では、出来ることなど無い。
阿久から顔を背けるのが、私の精一杯の抵抗だ。

「声を、出してもいいんだぞ。」
「冗談ではない。伊吹が目を覚ますだろうが。」

喉の奥で微かに笑い、阿久の片手が着物の裾を割ると、肌の感触を確かめる様に何度も足を撫でさすり、その手は更に上を目指す。
脹ら脛から太もも、内腿、足の付け根。

乳房に吸い付いていた唇も、上へと移動し鎖骨を舐め回していたが、急に噛み付かれ、つい声が出てしまう。

「…っつ、やぁ…」
< 23 / 41 >

この作品をシェア

pagetop