渡り廊下を渡ったら
「今はこれを、感謝状の代わりにもらってくれないか・・・?」
そして、彼は膝をついて私の手を取ると、手のひらにその青いコインのようなものを乗せた。
あまりに自然な動きで、内心慌てるも彼を止めることが出来ない。
息を飲んだ私を見た彼が、ふ、と口角を上げて、手のひらの上に乗せたコインをコツコツと指先で弾いた。
見ろ、と言われた気がしてよくよく見ると、模様が彫ってあるのが分かる。
「あのですね・・・。
 見るからに高価そうなので、辞退してもいいですか?」
さすがに高価そうだと、私が彼を見つめると、彼はやや間を置いて口を開いた。

「そのコインは、騎士が皆手首に着けているのと同じものだ。
 蒼の騎士団の者には、どんな役職であれ陛下から与えられることになっている」
「ダメじゃないですか、陛下に怒られますよ!
 備品の横流しでリストラされちゃう!」
リストラ・・・?と反芻して不思議そうにしていたけど、どうやら私が「やめろ」と言いたいのは分かったようで、彼は「あぁ」とうなづいた。
そして、大丈夫だ、と言い足した。
「ちゃんと手首に着けるコインは持っている。
 それは単なる剣の飾りだから、どうということはない。
 コインがなくとも、剣を振るうことは出来るからな」
顔色ひとつ変えずに、とにかく持っていろ、と団長は言い切った。

もうここまでくると、その強引さも気持ちがいいくらいだ。
「・・・そうですか・・・?」
・・・せっかくの好意だし、綺麗だし・・・。
・・・記念にもらっておくのも悪くはないかも知れない・・・。
「じゃあ、ありがたく頂きます!」
自分を都合よく納得させた私が、お礼を言ってコインを見つめていると、団長が口元を緩めていることに気づいた。
そして、彼は私の手のひらに乗ったコインを摘みながら、
「このままだと失くしやすい。こうして、」
どこから持ってきたのか、コインに針金を巻きつけて、ペンダントヘッドとして、チェーンや紐を通せるように加工してくれた。
そして、これまたどこから出したのか、紐に通して私に手渡してくれる。
剣を振るう人は、器用な人が多いのだろうか。
「このまま飾っていてもいいし、身に着けてもいい」
私はそれを受け取りながら、
「器用なんですね、ありがとうございます」
コインをかざして見て見ると、紋章が綺麗に浮かび上がった。
そして、失くさないようにとポケットにしまおうとして、気づく。
「そっか・・・今日から服にポケットがないんだった・・・」
手に巻きつけとけば大丈夫かな・・・と半ば独り言のように呟くと、彼が動いた。
「それなら、首につけておけ」
すばやく彼の手がコインを掴んで、私のうなじを掠める。

私は急な動きに息を飲んで、身動きが取れなかった。
昨日までは、私のことを男の子だと思っていたはずの人だ。
その彼が、蒼鬼と呼ばれる彼が、やけに優しく気遣ってくれる上に、今は私を抱きしめているかのように、こんなにも近い。
こんなふうに男の人が近くにいるなんて本当に久しぶりで、私はドキドキしながらもどこか、神聖な儀式のような感覚すら覚える。
なんだか、青いコインが胸元に落ちてくる感覚に、この世界に本当の意味で馴染めたような、誰かに認めてもらえたような、そんな気持ちになる。
そんなことは、きっとないと思うのに・・・。

「この数日間は・・・」
彼は私に腕をまわしたまま、話し出した。
その息遣いさえも耳に響く。
私は緊張も手伝って、身じろぎもせず、静かにその続きを待った。
「本当に久しぶりに、気の休まる時間を過ごすことが出来た。
 院長はきっと、渡り人の君だから私の世話を任せたのだろうな」
「そう、ですか・・・?」
なぜだろう、彼が笑っているような気がする。
「あぁ。
 久しぶりに人間らしい生活をしたよ」
「そんなに荒れた生活してたんですか・・・?
 だめですよ、ちゃんと寝て食べないと」
至近距離すぎて、私も自然とそっと言葉を紡いでいた。
こうしてるとなんだか、子ども達と同じように背中をとんとん、と叩いてあげたくなる。
「あぁ」
ささやくように返事をして、彼はその腕を解いた。

首につけたコインの輪郭を指でなぞるように触れて、私と目を合わせる。
いつの間にか自然に、彼がこんなにも近くに入り込んできていたのだと、頭のどこかで冷静な自分が思った。
そして、床にひざをついたままの姿勢で、彼が確認を取るように私に尋ねる。
「昨日話した、子守の仕事を覚えているか」
私が無言で頷いたのを見て、彼はさらに続ける。
「今朝、院長にも伝えておいた。
 私が後見になれば、なんの問題もなく就業できると思う。
 その場合、この孤児院を出て、王宮敷地内の宿舎に寝泊りすることになるだろう」
そこまで言って、彼は私をじっと見つめて、
「君の気持ちはどうだ。
 私が後見になれば、他に候補がいようが、君がその職に就くことになるだろう」
「そんな力を持ってるんですか、団長って・・・」
昨日は遠い世界の話だと思っていたことが、今まさに目の前に広がろうとしているのに気づいて、怖気づいている自分がいる。

私には遠い世界の話なのだ。王宮などという、場所は。
新しいことに直面すると、いつでも緊張と不安で胸がいっぱいになる。
まだこの世界で2年しか生きていない私が、そんな華美な場所にいても大丈夫だろうか。
それだけじゃない。
王宮で働くということは、何かあれば院長や孤児院、さらに後見を申し出てくれている団長にも迷惑がかかるだろう。
私1人の問題ではなくなるのだ。

「それに、団長が後見になってくれるって・・・いいんですか?
 たった数日一緒にいただけですよ。
 なによりも私、渡り人ですし・・・。
 とにかく、そんなに簡単に私を信用してしまって、大丈夫ですか・・・?」
「問題ない」
ありったけの疑問と不安をぶつけた私に、きっぱり言い切る団長。

その表情を見ていたら、なんだかウジウジするのがもったいなく思えてきた。
ここで、一歩踏み出してもいいのだろうか。
彼が後悔することには、ならないだろうか。
ぐるぐるとそんなことが頭の中を回り続けて黙りこくった私の手に、彼の手が重なった。
思わず視線を上げると、そこには深い緑色の瞳がある。
迷いなく投げられる視線を受け止めて、私は息を吸い込んだ。

「・・・じゃあ、お願いします」
絞り出した私の言葉に、彼は一言「任せておけ」と言って立ち上がった。





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