渡り廊下を渡ったら

14



美味しい食事を堪能して元気が溢れてきた私は、ジェイドさんに感謝しつつ食後のお茶を啜っていた。
ちなみに食後のお茶は、私がご馳走したものだ。

食堂は1階にあって、窓際の席からは王宮の中庭がよく見渡せる。
入ってきた時には気づかなかったけれど、王宮もコの字型の建物なんだろう。中庭の向こうに、石の壁が見えていて、人が行きかう様子が所々に開いている窓越しに見えている。
私達の座った席は窓際ではなかったけれど、ここからでも木々や花が風に揺れる様子が見える。次に利用する時には窓際に座って、庭を見ながら食事をするのも良さそうだ。

そういえば向こうの世界では、休みの日に1人でカフェに行って本を読んだり、仕事をしたりもしていたっけ・・・。
今は、目の前に見た目の麗しい男性が座っているから、それで十分だけれど。

そんなことを思いつつ、お茶を啜るジェイドさんを見ていたら、彼がふいに顔を上げた。
「どうしました・・・?」
今日知り合ったばかりなのだけれど、私なりに観察していて、彼は常に人の動きを感じながら行動しているのではないかと思い始めていた。
・・・補佐官という職業病なのか。
私はそんな思いを笑顔の後ろに隠して、口を開く。
「いいえ、なんでもないです。
 ・・・ごちそうさまでした。本当にありがとうございました。
 このご恩は、初任給が入ったらしっかりお返ししますね」
「ええ、楽しみにしていますよ」

そんなふうに、お昼の穏やかな時間を過ごしていた時だ。
ふいに、入り口の方でざわめきが。

最初は、誰かが食器でも割ったのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
女性が小声で何かを話す声が、耳に入ってくる。
ジェイドさんがざわめきの中心を探そうと視線を投げて、苦笑いをしたのが目に入った。
「・・・何かありました?」
表情から察して聞いてみるけれど、彼は軽く手を振る。
「いえ、大したことではないですよ」
そうは言っても気になるので、私は視線を這わせた。

周りの人達の視線を辿っていくと、そこには金髪の背の高い女性がいるのに気づく。
彼女が、一体どうしたのだろう。
そんな疑問を胸に彼を一瞥すると、諦めに似た表情を浮かべて肩を竦めた。
「・・・たまには陛下を真似して、のんびり昼寝でもしたかったんですけど」
ますます意味が分からず首を捻る私に、彼がいくらか早口になって告げる。

「もうすぐあなたを探しに、蒼鬼殿が来ます」
「え・・・?」
思わぬ人の名前が出て、私は半ば反射的に声を零していた。
彼はもはや、私の反応などには構っていられないようだ。
「彼に、王宮施設の案内を頼んでおきました。
 あぁ、そうでした。
 ・・・夕方から、朝議が中止になった埋め合わせをしてもらうので、
 それまでは休憩を取るようにと、伝えておいてもらえますか?」
「え、あ、はい」
唐突にこれからの話をされて、私もその雰囲気に飲まれて慌てて頷いてみる。
・・・ということは、夕方までは団長と一緒にいろ、ということか。
「あなたは、夕方になったらレイラさんの部屋に行ってくださいね。
 皇子も元気いっぱいの時間帯でしょうし、顔合わせをしましょう。
 レイラさんの調子次第では、また変更になるかも知れませんが・・・」
「はい、それで大丈夫です」
そこまで話して、彼はひとつ頷く。
「蒼鬼殿なら、王宮内のどこにでも出入りできます。
 どこでも、連れて行ってもらって結構ですからね。
 まだ1人で歩かせるのも心配ですし、夕方になったらレイラさんの部屋に
 送ってもらって下さい」
最後の方は、腰を浮かせて立ち上がりかけたまま、話をしていた。
よほど急いでいるのだろう。
立ったまま残りのお茶を飲み干して、「ではまた後で、レイラさんの部屋で会いましょうね」とカップを持って去っていった。
「お仕事、無理しないで下さいね」と背中に向かって声をかけたら、彼は振り返って、優しく目を細めて片手を上げてくれた。





目の前の彼がいなくなってから、私は段々と少なくなっていく周りの人達のことを眺めて過ごしていた。
紺色の侍女服の女性達は、10代の子達もいれば、もう少し年上の人達も見かける。その中でも、ものすごく無機質な雰囲気の侍女さん達と、女子高生のような雰囲気の侍女さん達がいるようだ。
何が違うんだろうかと思っていたら、手首に巻いているコインの色が違っているのに気づく。
そして、なんとなく周囲を観察していると、ふいに隣のテーブルで交わされる会話が耳に入ってきた。


「えー・・・それ本当ですか?」
「あぁ。西の国境に近い所にイルベって街があるだろ?
 あそこを襲った夜盗に、情報を流した奴がいたらしいよ」
「よくそんなこと出来ましたね。蒼鬼が気づかないワケないのに」

蒼鬼、という単語が出てきて、私は全神経を会話に集中させる。
顔を見たいけれど、胸元のコインを見られたら私が何者なのか知られてしまう・・・。
葛藤しながらも、私は遠くを見ている振りをして、頬杖をついて聞き耳を立てた。
どうやらこの2人組、騎士団の連中らしい。

「・・・な。
 まぁバレて現行犯ってことで、今は陛下の処断待ちらしいけど」
「蒼の人たちって、そういうことに敏感ですよね」
「そりゃあ、あれだよ・・・。
 ・・・ほら、5年前の事件があったから・・・」
「あー、あれですか・・・。
 自分はまだ入団したばっかりの頃で、よく分からないんですけど・・・」
「前の団長が夜盗と手を組んで甘い蜜吸ってたのを知って、今の団長が
 斬り捨てたんだ。
 指示したのは、陛下だって話だけどな・・・」
「なんか、出来た話ですねぇ」
「やっぱそう思う?
 俺もさ、前の団長、すっごい人望厚かったし、正直信じられないんだよな。
 俺その頃、2階の警備担当だったけど、廊下で会うたびに挨拶してくれて」
「えーっ」
「しかも・・・。
 今の団長はその頃まだ1等騎士になったばっかりだったらしいし・・・」
「あれ、今の団長って確か・・・陛下の従兄弟・・・」
「そうそう、だから余計に出来すぎっていうかさー」
「でも誰もそんな話できないですもんねー」
「だよなぁ、」

・・・なんだ今の話は。
盗み聞きしておいて怒りをぶちまける、というのもおかしいとは思うけど・・・それにしても、どの騎士団の連中かは分からないけれど、騎士団の中でそんなことが囁かれているなんて・・・。

怒りに任せて、今すぐ振り返って顔を覚えたいけれど、そんなことをしたら私の顔も覚えられてしまうと分かっている。

・・・本当はとっても面倒見が良くて、優しい人なのに・・・。

私はその当時のことを何一つ知らないけれど、少なくとも噂をするしかない人達よりは、彼のことを知っていると思うのだ。
普通の感覚を持つ人間なら大概、自分の知らないところで好き勝手に話をされているなんて、きっと、嫌な気持ちになるだろう。
そう思いを馳せると、なんだか物悲しくなってきてしまった。

・・・もしかしたら、有名税みたいなものなのかな。
・・・あれ?・・・今、団長は陛下の従兄弟だと、言っていなかったか。
従兄弟、従兄弟従兄弟・・・ということは、親同士が兄弟姉妹ということで・・・。

そこまで考えて、額を押さえてため息をついた。

そうか、陛下の従兄弟が後見なら、誰にも文句を付けられずに子守の仕事も決まるだろうな。
ああでも、彼も良かれと思って後見になってくれたのだろうから、彼が陛下の従兄弟であることについては、何も訊かずにおこう。
・・・ともあれ、ここで頑張ると自分で決めたのだから・・・。

してやられた感が拭えないまま、私はもう一度、そっと息を吐いた。




そんなことをしているうちに、もう隣の2人組の会話なんて耳に入らなくなって、気がついたら彼らはいなくなっていた。
彼らだけではない。食堂には、もうちらほらとしか人がいなくなっているのに気づいた。

かなり時間が経ったはずなのに、一向に現れない団長が心配になってくる。
・・・もしかして、急用でも入ったのだろうか。
カウンターの中の人たちは、もう片付けを始めてしまっているし、もしかしたら食堂も営業が終わる時間なのかも知れない。
・・・手元にあるカップも、戻さないと片付かないし・・・。

いろいろ考えた末、とりあえずカップを戻して、食堂が閉まってしまうのかどうか聞いてみることにして立ち上がる。

すると、いつの間にいたのか、背後から声がかかった。
「どこへ行くんだ」


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