時猫
「ん?名は名乗らんぜよ。もうきっと、おまんと会う事はないき。けんど…」
男はここで、一旦言葉を止めた。
椿の目をしっかりと見つめる。
「また一人の人間に、出会えて良かった。そう思っとる」
男は前を見て、歩き出す。
その背中が…。
椿には、凄く大きく感じた。
「……」
ペチペチと、頬を叩く。
「よしっ」
椿は立ち上がり…
再び、歩き出した。
もう涙が流れる事はなかった。
だから、前だけを向いて歩いて行く。
さっきの男の人に、椿は素直に感謝した。
もしも出会えていなかったら…
椿は今も、泣いていただろう。