桜色ノ恋謌
それどころか、少しだけ開いたそのドアの中を見たい衝動に捕らわれて……覗いてしまった。



そして後悔する。




陽菜乃ちゃんと、昂くんが、キス……してる。



「昂。抱いて?」

「……それは……」

「昂が抱いてくれないのなら、明日の仕事はキャンセルするから」

「陽菜乃、今日は終わりだ。部屋まで送る」




足音をたてないようにして、あたしはそこから逃げ出した。



「全く。今度からは一緒に出なきゃダメね」

「……すみません……」


あたしの帰りが遅い事に気づいた高橋さんが、ようやく電話をかけてくれたお陰でどうにか助かった。



「あの、高橋さん……」

「なあに?」



さっき見聞きした場面を思い出しながら、高橋さんに聞いてみる。



「前のマネージャーの鳥羽…さんは、今は誰のマネージャー……なんですか?」


高橋さんは「えっ?」という顔をして、あたしを振り返る。



「鳥羽君?たしか……新人モデルのマネージメントをやってたはずだけど。どうかした?」

「いえ……。なんでもない、です」



陽菜乃ちゃんのマネージャーじゃないの?


それなら、どうして、陽菜乃ちゃんと一緒にいたの?



……何で陽菜乃ちゃんとキスしてたの?



そして。



陽菜乃ちゃんの部屋まで行って、その後はどうするの?


……キスの続き…するの?



あたしに「待ってて」って言ったのは、嘘…だった……?




高橋さんが痛ましそうにあたしを見ていた事を、その時は気づかなかった―――。



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