桜色ノ恋謌

■一本桜

翌々日には《家茂》役の大地くんも現場入りした。



毎日のように続けて撮られる桜小路さんとの真剣勝負はさすがに精神をすり減らす思いだけど、それでも私は桜小路さんの真意を知りたい。





「じゃあ次いくぞ!」


監督の怒鳴り声に急かされて、私と桜小路さん、それに大地くんがセットの中に入った。



今度のシーンは、三人で外に出ようとしたら、《天璋院》と《和宮》の履き物は敷き石の上に並べてあるのに、《家茂》の草履だけは下に落ちていた。


《和宮》は裸足で庭に降りて、《家茂》の草履を置き直す。


普段は自分の身の回りの事すら侍女達に任せていた《和宮》の行動に、見ていた者達が驚いた…という場面。




「時間ないから本番始めるぞ!」


はい、と返事を返して指示通りの位置に立つ。


合図を待って、本番開始。



『まことに紅葉、鮮やかに色づいて参りましたね』


《天璋院》の言葉に頷く《家茂》。


『そうであるな。あれを見らば俗世俗の事など些事に思える』


そう言って《和宮》も含めた三人は庭に降りようとする。



そこで《家茂》の草履が落ちている事に気づいた《和宮》は、裸足で庭に降りて……。


『上さんんお履きもん、並べておきまひょ』


《天璋院》に何度も注意されても京言葉を使い続けた《和宮》。



にこりと笑って《家茂》をみやる。



《和宮》の旦那さんの《家茂》。



……大地くんの後ろに、恭哉が見えた気がして、私は思わず目を細めた。


『………すまぬ』


《家茂》の手を取り草履を履かせる。


それを意外そうな表情で見つめる《天璋院》。


三人の回りをを和やかな空気が包んでいく。



「カット !! おい和宮 !!」


演技をし終わると、監督が私を怒鳴りつけた。


えっ?私何かした?


内心で冷や汗をたらしながら監督の前に立ち、うなだれて言葉を待った。


「誰が家茂の手を取れって指示したよ !? 脚本と指示通りに動け!撮り直しだ!」




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