桜色ノ恋謌
見るに耐えないようなノートを一冊手に取ると、家のドアが開く音がした。

俺は急いで咲絢の通学用バッグをベッドの下に隠す。



きっと咲絢のことだから、おばさんには何も話してないんだろう。



タンタンと規則的な足音が階段を昇ってくる。



「恭哉くんもいるの?」


……って、ノックしながら聞かれてもなぁ……。


「お邪魔してます」

心配そうに顔を覗かせたおばさんに挨拶した。


「……咲絢、どうしたの……?最近元気もなくて…。ご飯も食べないから心配してたの。お弁当も食べたくないから作んないでって」



やっぱり、咲絢はおばさんには何も話してないんだな。


咲絢が言ってないなら………。



俺も言うべきじゃないと思う。



言わないのは自分の両親に心配をかけさせたくないからだろうし、仕事を辞めさせられるのが嫌だから、だろう。




……だとしたら、俺ができる事は……。



「さっき内科に行ったら胃炎だって言われてた。ストレスが溜まり過ぎてんだってさ。だから、ストレスが溜まんないように家族専用の携帯を持たせてやってくんねーかな。俺も色々フォローするからさ」

「恭哉君が病院に連れていってくれたの !? ごめんね!大学は……」

「今日は午前中だけだし、バイトも今日は休みだし。ごめん、俺少し出かけるけど、また来るよ。それまでに携帯だけは用意してて。あ…と、紙に書くから、できればこの機種で」


そこら辺に置いてあったメモ用紙に携帯の機種を書いて、紙をおばさんに渡した。



「じゃ、お邪魔しました」

「恭哉君、ごめんね。ありがとう。2~3週間ぐらい前にマネージャーさんが変わったのよね。それから元気がなくなって……。上手くいってないのかな……」




マネージャーが変わった?


今はアイツじゃないのか。


だから、それで……。




「咲絢なら大丈夫。俺が何とかするから」

「でも、この子もうすぐ一人暮らしをするって言い張ってて……」

「心配、だね……」

「本当にね……」


馬鹿。お前がそんな調子で一人暮らしなんかできるわけねーだろ。ちょっとは考えろよ。


「ま、とにかく俺は用足ししてくるから、また後で」

「うん。ありがとうね、恭哉君」


下まで見送る、と言ったおばさんの言葉には遠慮した。



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