夢のまた夢【短編集】
閉じている目尻から頬骨をつたい耳に冷たいものが入ってくる。

そうして、ゆっくりと
私は濡れる瞳をそぉっと開けた。

そして、見覚えのない白い天井を
捉えたのち、首を少し右に倒す。

視界に見覚えのある人物が入ってきた。
穏やかなあの笑みを浮かべながら。

「俊樹さん」

「真、奈美……あなたって人は……
植物以上に手の焼ける女性(ひと)だ。」

私の視界に映る愛しい男性(ひと)は
目を真っ赤にしながら
先程からずっと握ったままの私の手の甲に
口づけを落とした。

私のシワとシミの入った手の甲に
愛しい私の夫は口づけを落としたーーー











トップモデルとして世界を飛び回っていた私はある時、飛行機事故にあった。

モデルとして全盛の時だった。
命に別状は無かったものの
額に傷が残った。

私は商品価値の無くなった自分を呪い、
そして、もて余した。

まだ無名の頃から私を支え続けてくれていた夫である俊樹はそんな私に献身的だった。

けれど、それは私を苦しめた。

俊樹の愛すらもその時の私にとって
自分を惨めにする材料でしかなかった。

私は自らリセットする道を選んだ。

リセットーーー

死ぬわけではない。

ただ、波に身を委ね
私の命に判断つけて貰おうと思った。

生きて帰れればまた新たなスタートを切れば良い。

そんな軽い気持ちだった。
私は波に身を委ねるべく足を進めた。

砂浜で裸足になり
もう貝で足を切ろうがどうしようが私には関係がない。

そうして、
一歩、一歩と深みへと進んで行く。

結局、波は私を受け入れてはくれなかった。
そして、私は長い長い眠りにつくこととなった。




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