夢のまた夢【短編集】
「どうぞ」

私の目の前にカップを置き
自分もナチュラルウッドのテーブルセットに
腰を下ろす俊樹。

カップに手を伸ばす各々の手に
流れた年月が刻み込まれていた。

「世紀の発見をした大先生に
お茶を容れていただけるなんて
私はなんて幸福者なのかしら」

「真奈美、あなたの回復力はすごいね。
もう、そんな軽口も叩けるんだ。
お医者様が驚く訳だ」

笑顔で満足げに話す俊樹。
まるで出会った頃、苔について
延々と話す若かりし頃の夫の姿を思い出す。

私が眠り続けていた間も
夫は研究者として、
自然の持つ未知なる力に向き合っていた。

それはーーー
植物の香りにより嗅覚から脳へと刺激を与え、そして昏睡状態である脳を呼び起こすべく、過去の記憶への接触を試みる。
何度も何度も繰り返すうち、
脳が完全に目覚めるというものだった。
が、そう簡単に上手くいく訳がない。

いくつもの季節が流れ
時は容赦なく過ぎていった。
それでも俊樹は決して諦めなかった。
やがて、執念にも近い思いで植物が人の脳に与える影響を私の身をもって立証させ、学会に発表するや否や、いつしか私の夫は
世界のヤブサワとなった。

「ねぇ、何でローズヒップなのよ。
私が苦手だったの忘れたかしら?」

「覚えているさ。
あなたの事ならどんな事だって。
ほら、手の甲のシミを気にしているようだからーーー」

「気づいてた?気にしていること。
仕方ない事だとわかっているのよ。
それだけの年月が経っているんですもの……」

「そうだね。
時は随分と経ってしまった。
けれど、僕にはそれはどうでもいいんだ。」

「どうでも?」

「ああ、僕にはね
これから先の方がずっと大切なんだ。
あなたとまたこうしてゆっくりと
お茶を飲んだり、話したり……
そうだ、
二人で夢の続きでも見ようじゃないか。」

「夢の続き……?」

「そうだ、夢の続き。
残された人生をどうせなら
夢の如く、好きに生きようじゃないか。
二人でね。」

「夢の如く……好きに生きる。
そんな簡単にいくかしら」

「出来るさ。
ダメならまた、別の夢を見りゃ良い。
永遠に続く、あなたと僕の
夢をみているかのようなの物語、
それは次から次へとーーー」

「夢のまた夢……ね?」

彼はいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべると、冷めたようだと、猫舌の私にローズヒップティーを薦めた。









夢のまた夢ーーー

それは届かぬ夢と言うことではなく

永遠に続く二人の物語

終わることのない

ーーーーー大切な二人の時間











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