夕陽のあの人
その日も俺は図書館に足を運んだ。

あの人に会うためにわざわざ夕陽の時間を選んで。

俺は何故か西本千佳子の事をあの人に話していた。

あの人は何も言わずに聞いてくれた。

同意するでもなく、非難するでもなく。

ただ聞いてくれた。

そして夕陽が沈む頃、彼女は一言だけ口にした。

「健斗君、おそくなるからそろそろ帰りなさい」

綺麗に微笑みながら、彼女はいつもそう言う。

夕陽が見えるうちしか俺と会ってくれなかった。

俺はまだいたいのに。

「まだ閉館時間は先だよ」

「じゃあ一階に行きなさい?ここより沢山面白い本があるわ」

その時だった。

後ろの方でドサッと音がして俺は振り返った。

重たそうな分厚い本が4冊ほど転がっていて、その向こうに同い年くらいの女の子が足を押さえてうずくまっていた。

いつかのあの人の言葉を思い出した。

微笑みながら「健斗君は男の子なんだから、女の子には優しくしてあげるのよ?」と。

「大丈夫ですか?」

俺は駆け寄って本を拾い集めて手渡した。なかなか重い。

「ありがとうございます…」

顔を上げた少女は、西本千佳子だった。

「あ…藤村君…」

俺の後ろでは夕陽は沈みかけ、あの人はもういなかった。

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