夕陽のあの人
「昼間はごめんね、迷惑かげちゃって」

西本はそう切り出した。

クラスじゃない場所ではちゃんと喋れるらしい。

俺は西本が悪くないのを知っていて、その言葉には肯定も否定もしなかった。

俺は足を痛めた西本のかわりに本を抱えこんで歩く。

どこか遠くの国の昔の童話みたいだ。

表紙は布地で飾り付けてあって、古めかしい妖精や魔法使い、お姫様やらの絵が描いてある。

「本、返して…私と一緒にいたら藤村君、だめだよ」

「気にしなくても図書館なんかに来てる奴は俺らくらいだよ」

そう言いながら俺は西本の足首に目をやってしまった。

さっきから引きずって歩いてるから、相当痛いんだろう。

西本は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「ねぇ藤村君、知ってる?図書館のお化けの話」

「知らねぇよ」

「前に本で読んだの…そのお化けにはね、名前がなくて、それで、夕陽の紅に光って、すごく綺麗なの」

「……。」

それはまるであの人のようだった。

「夕陽の見える時間しかいないんだけど…人間の形をしていてね」

あの人は人間だろ?

「とても優しくて」

「で?なんか悪いの?」

あの人は優しくて綺麗で、悪くなんかない。

お化けという言葉にマイナスのイメージしかなかった俺は、西本の言葉があの人に対する悪口に聞こえて仕方なかった。

少し前を歩いていた西本が止まって俺を振り返った。

「そのお化けは何もしないよ?でもね、そのお化けと仲良くなっちゃうと…」

西本がなんだか怖かった。

いつも脅えたように弱々しい西本の目が、爛々と輝いてる。

なんだこいつ。

なんなんだよ。

これじゃまるでいつもと逆だ。

「仲良くなっちゃうと、その人までお化けになっちゃうんだよ」

そして一歩俺の方に近付くと、俺の目を下から覗き込んで聞いた。

「藤村君」

逃げたいのに怖くて足が動かなかった。

これは西本の復讐なんだ。

俺をこんな怖い目に合わせるなんて、絶対そうだ。

「さっき」

背中がひやっとした。

「誰と話してたの?」

気が付くと俺は本を西本の胸に押し付けて走り出していた。

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