俺を誘いたいのなら
この借りは必ず返してもらう
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その後昼食休憩も一時間ほどで終わったが、午後からはペースが崩れて遅くなったせいで、今まで小脇の草を抜いていた先生と美春、誠と慶介が対になり、作業を進めることになった。
だけど対と言っても喋る暇もない速度で先生はがんじきで草を集めていく。日が暮れる前までに片付けないとという焦りからだろうか、けんかをしながらの誠と慶介の方も気になるようで、時々激を飛ばしていた。
美春は、ひたすら集まった草をゴミ袋に入れる。
ただ、同じ格好を続けていて辛くなったので、一度立ち上がった。が、その拍子に足がもつれ、柔らかな地面に大きく崩れ込む。
「大丈夫!?」
前のめりになり、両膝と両掌に土がつく、ジャージのお尻を出した恰好で後ろから先生に言われ、恥かしさで汗が噴き出た。
「いや、あの、だいじょ……」
座り込んだまま、笑顔で掌を払っていると、
「脚、くじいてないか?」
慶介が素早く回り込み、次いで、
「…………」
じっとこちらの目を見つめた。
「え……」
「脚、くじいてるかもしれない。先生、くじいたまま歩かせてると、腫れますよ」
「さあっすが医者の息子!!」
誠が大きく感心しながら笑うと、
「矢倉、ここはもういいから。木陰で休んでなさい」
「えっ、いやっ……」
そんな、どこも痛くないんですけど。
「おい、おぶってやるよ。そこまで」
慶介はさっと背中を差し出した。
「えっ、!? いいよいいよ!! 歩けるよ!! だって痛くな……」
「木陰までは俺が運んでやるが、学校までは先生におぶってもらえ」
「…………」
まさか、慶介……。
「先生、俺も手伝うよ! 交代で行こうぜ」
誠は親指を立てて自信満々で言うが、
「バーカ、俺達が先生の荷物や道具持って帰らなきゃなんねーだろーがッ。一番重い大変なとは先生に任せときゃいいんだよ」
しれっと慶介は言い切り、更に両腕を後ろへ差し出す。
「……、なんかそれ、しっくりこないんだけど」
「ほら、乗れ」
一応、右足をカバーするフリをして、慶介の背中に身体を預けた。
「重いかも」
だが、慶介は意外にも簡単に足を伸ばして立ち上がると、
「そこまでは俺が行けても、帰りは無理だな」
「……と、遠いしね……」
先生はもう後ろにいるので、顔が見えない上に、声も聞こえない。
慶介は無言でそのまますたすた木の影まで進んで行ってしまう。
すぐに先生は、
「誠、お前は今からゴミ袋な。俺ががんじき。よっし猛スピード出すぞ!!」
「先生ここで体力使い過ぎたら帰り、帰れないんじゃねーの?」
誠は先生を挑発した。だが、それには乗らず、
「まずは掃除を済ませなきゃどっちにしても帰れないでしょーが」
呆れた美声を背に、私は慶介の耳元で、掠れるほど小さな声で問うた。
「ほんとに折れてるの?」
だが慶介はわりと普通の声で、
「折れてるわけねーだろ。単なる貸しだよ。ああやって言っとけば、お前をおぶって帰る他ないからな」
「慶介ってそんなに人の心読める人だったっけ!?」
私は大きな声で笑いながら言いながら、その白い首に巻いた手に力を込める。
「んだよ……。落とすぞ」
「うわっ!!」
一瞬、身体が重力に引かれ、降下したがそれも束の間、一秒もせずキャッチしてくれる。
「やめてよぉ!! だって今までなんか、ふんっとか、へえっとかそんな感じだったじゃん!! 私が話してもぉ」
「うざいくらい話聞かされて、俺も頭おかしくなったんだよ」
「嘘ぉ!? そんな言ってませんー。だって慶介、すごく詰まらなそうなんだもん。こっちも気を遣うっての」
「……そうか?」
「そうそう!! 最近ちょっと怖かったよね。だから、受験とかで悩みあるのかなぁとかさあ、私も考えるわけよ。無駄に。うざいくらいに」
丁度木陰まで来たので、自ら地面に足を着いた。
「……脚」
「あっ!!」
私は慌てて、座り込んで隠す。
「…………、受験、受けることにした」
「え?」
慶介の瞳は暗い。だけどそれはきっと木陰のせいで、気持ちを映しているわけではないとその時は思った。
「うん、知ってる……。何? 逆になんで迷ってたの? やっぱ難しそう、とか?」
「…………、あぁ、落ちたくねーからな。それなりにプレッシャーもかかる」
「……、そうだよねぇ……」
知ったかぶりもよくないと思い、あえて、相槌だけに留めた。
「おーい!!」
いつまで休んでんだコラー!! という、誠の慶介への喧嘩の合図が飛んだ。
「ヘマすんなよ。ここまでしてやったんだからな。あとそれと、この借りは必ず返してもらう」
「うん、ありがと。何? ジュース? 学食? 何がいいか決めといてね」