俺を誘いたいのなら
私なんかに全然興味ないんだ
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「終わったあああああ!!!」
まだ最後の草の束が残っているのにも関わらず、誠はいち早く終了宣言をし、両腕を空に大きく上げた。
「うるせー……」
慶介も、先生がまだゴミ袋を持って作業しているのにも関わらず手を止め、誠を横目で睨む。
「んだとコラ!?」
「はいはい、さ、帰ろう」
がんじきを先に手に持とうとした先生に、慶介は素早く声をかけた。
「先生、美春……」
「あ、そうだったね。忘れてた」
木陰で休んだままの状態になっていた美春のことをたった今思い出したらしき先生に、慶介は怪訝な目を向けてから道具を手に取る。
誠というと、木陰に向かう先生の方をぼーっと見ていたので、
「おい、先行くぞ。お前そっち持て」
「はぁ!? お前、いっつも偉そうなんだよ!!」
「どっちにしてもお前が半分持つのに変わりねーだろーが!! 俺は急いでんだよ。先行くぞ。お前も早く行け。……、でないとお茶の数なくなるかもしんねーぞ?」
「お茶なんてどうでもいーんだよ。なんで奉仕作業した後お茶なんだ? 体力使ってんだから、せめてポカリにしろよ」
「だったらてめーが生徒会役員になって変えればいいだろうが」
「んなめんどくせーこと、頭いいおめーがやれ」
木陰から、先生が近付いてくるのが見えた。
どうしよう。ダイエットしておけば良かった……。
今更嘆いても仕方ない。私は、がうつむいた視界に先生の足先が入るまで、顔を上げずに気付かないふりをしていた。
「…………、足、まだ痛い?」
先生はゆっくりしゃがんでくれる。
「……はい」
足は全く腫れていないし、痛くもない。先生の前で嘘をつくのがこの上なく心苦しかったが、慶介の心遣いを無駄にするわけにもいかず、ただ黙って俯いた。
「さ、乗って」
先生は背中を向けて、両腕を差し出してくれる。
さきほどからなんども妄想して、そうなると分かっていたことなのに、いざとなるとなかなか手が出ない。
「ん? 早く。帰りが遅くなるでしょーが」
「……はい」
私は、思い切ってその広い背中に身体を預けた。
背中は、硬く、骨ばっていてごつごつしている。
「よいっしょ」
「わっ!!」
立ち上がった拍子にバランスが崩れそうになる。
「危ない!! ちゃんと掴まってて。
おんぶされたかったんでしょ? ならしっかりしがみついてること。……あー、重い」
先生は、慶介が先に進み、誠が後ろからヤジを飛ばす騒がしいところに追いつこうと、歩き始めた。
「………重い?」
体型は普通なんだから、軽いと言ってくれると少し期待して、あえて聞く。
「重いよ。人1人おぶってるんだから」
「…………」
そういう時はせめて、大人は余裕ぶってみせてくれるんじゃあ……。
「せんせー!! 斉藤君が、先行ってお茶全部もらうとか言いますー!!」
「テメーがとろとろしてっからせかしてやってんだよ!!」
2人の声はまだ遠い。
「何を慌ててんだかねえ、慶介は」
「き、今日はなんか用があるんじゃないですか!?」
おそらく、先生と2人きりにさせようとしてくれているんだろうが、やり方が強引なせいで、先生が不審に思ってきているのかもしれない。
「あそう……」
「先生、そんなに重いですか?」
ペースが上がらないので、もう一度聞いた。
「うん。でも仕方ないじゃない。足が痛いっていうんだから。足全然腫れてないけど」
…………。
「…………」
ズキンと大きく心臓が鳴り、痛くて声も出なかった。
「美春。どうしても掃除したくなかったんなら、せめて他の理由にしてくれないかな。このまま歩いて帰るの、辛いから」
ばれてる……。
どうしよう、ばれてる……。
怖くなって、背中に預けていた身体を、少し離そうとするが、
「よいっしょ」
同じタイミングで先生は、だるい腕にかかる体重を移動させようとしているのか、腕の位置を少しずらした。
「…………、先生、おります……」
耐えきれなくて、思い切って、声に出す。
「ん? 大丈夫?」
大丈夫って……。仮病って知ってるのに……。
「おります」
そのまま、バレているのにおぶられたまま学校へ帰る度胸はなかった。
「無理はしなくていいよ。ゆっくり歩けばいいから」
なんて優しく言いながらも、しっかり身体を地面におろしてくれる。
こんなはずじゃ、なかったのに。
私は、一人ペースを速めて、まっすぐ突き進んだ。
「おーい! ゆっくりでいいぞー!」
なんで私がこんな目に……もとはといえば、慶介が勝手に……なのになんか、これってなんか私が仕組んだことみたいじゃん……。
涙が溢れた。
歯を食いしばっても、視界がぼやけては、顎から涙が滴り落ち、またぼやけるを繰り返している。
「美春ー、まだまだ道のりがあるからあんまり飛ばすなー」
後ろからの優しい低い声が、最低すぎて、最悪すぎて。
先生への想いを断ち切った方がいいだろうかと、手の甲で涙を拭つた。
「美春」
突然、反対の腕をとられたなと思ったら、すぐ側まで先生が来ていた。
あまりの急接近に、息を飲む。
「……」
先生は一旦後ろを振り返り、何かを確認してから。
「バレバレなんだよ」
怖くなって、握られた腕を引いた。
だけど、先生の大きな手はまだ腕に軽く触れたままで。
「俺を誘うんなら、もっと大人になってからにしなさい」
…………、最悪だ……。
手を離した先生は、更に続けてにこりと笑顔で言った。
「大人になったらもう、先生のことなんて興味なくなるから」
…………、言い慣れてるんだ、きっと。
「さ、行こう。あー、ラッキーだったな。道具を2人が持って帰ってくれて」
こんなに真剣に好きなのに、なんとも思わないんだ。
「……俯いてないで。帰ろう」
泣いてるのに、心配してもくれないんだ。
「こんな所で泣かないでくれる? 先生が何かしたと思われるから」
そして、私なんかに全然興味ないんだ。