桃橙 【完】
――…
日は暮れて…
夜の虫達が鳴き始めた頃―…
「……遅い…」
雅は、安芸の体を何度も確認しながら、崖の上を見つめた。
何か通ったら大声を上げるつもりで、自分の腕の痛みに耐えながら神経を尖らせていた。
隣の安芸は―…
荒い息を吐きながら、その体は少し熱い。
……あの犬、何か病気でも持っていたんじゃ…
さっきから最悪な事態だけで自分の脳裏に浮かび上がる。
殺すつもりで安芸を連れてきた。
そして、自分も死ぬつもりだった。
なのに―…
「ねぇ…安芸…」
雅は、夜空を見上げたまま、話しかけた。
「…私ね、遙お兄様を愛してるの…」
安芸からの返事はない。
「…お兄様を愛していたわ…」
雅の大きな瞳から涙が零れる。
「……もっと、あなたと話せばよかった…」
「安芸…」
そのまま、雅は安芸をそっと抱きしめるように、力なく瞳を閉じた。