桃橙 【完】
「いいから。女の子は大人しくおごられていた方が可愛いよ?」


「……でも、申し訳なくて…」


「だから、…っ安芸?」



涙を零し始める安芸に俺は戸惑いを隠せず、年甲斐もなくうろたえてしまった。



「…~っ、ほら、お腹が空いてるから余計な事を考えるんだよ。そもそも昨日から何か食べてた?…ほら、ここ、この店美味しいんだ。入ろう」



青柳に背中を支えられて歩く安芸の涙は、さっき見かけた総への涙だった。


あれは、総さんだった。


見間違えるはずがない。


……だけど、声を掛けられるはずがなかった。


もう総さんに会わせる顔なんてない、…できない……。


会いたい…、会いたかった…


総さんに、会いたかった…


安芸の中で矛盾した気持ちが溢れて、思わず涙となって零れてしまったのだった。


それに気付かない青柳は―…


零れる涙を必死に拭う安芸は…、俺の捜し求めていたような容姿をしている。


姿形だけじゃなくて、傍にいてどこか和らぐような温かさ、優しく話す仕草…全てに心奪われていた。


こんなに短期間に、誰かに惹かれるなんて俺にしたら有り得ないことだった。


けれど、違和感のある思いというよりは、なぜか違和感なく受け入れられる感情に俺は―…
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