椿山亜季人の苦難日記
「なんで、そんなこと言うんだ…。」


苦しそうな、悲しそうな顔で、それでも真っ直ぐに私を見ている。


「俺は教師で、お前は生徒じゃなきゃならないんだぞ?」


責めるような口調に、私は得意げに言った。

「言うべきことは、きちんと言えって、教えてくれたのは先生です。」


彼は、深くため息をつく。

のばされた手が、そっと、頬にふれる。

一滴の涙も流さなかった頬に。


「何で向き合わなかったと思ってるんだ。…いっそ泣いてくれたら、ガキは嫌いだって言い訳にもなったのに。」



長い腕が、背中をしっかりと抱き締めた。


煙草のにおいがする。









温かくて、幸せで、


初めて本音を言った相手のことを、

初めて欲した相手のことを、


想うだけで、私は精一杯だった。

< 66 / 169 >

この作品をシェア

pagetop