椿山亜季人の苦難日記
―その日、

廊下の一団の中に、大好きな彼女を見つけて、心がはずんだ。

声を掛けようと、ドキドキしながら。

「背の低い人は嫌よね~。」


それは俺には十分すぎるほど、殺傷力がある言葉だった。

大好きな彼女の声で、殺されるなら、本望…


…って俺はそこまで、マゾじゃありません!!


臆病な俺は、いつもそうだ。

その言葉を聞いた瞬間から、一歩たりとも動くことを諦める。

いや、


「違う、それは逃走。吊り橋から、突然手すりがなくなって、頑張れば進めるのに、逃げ帰ってるだけ。」

いつだったか、アキさんが言った。読んでる本から目を離すことなく、眠そうに。

男にそっけないのはいつものことだけど、アキさんが目を合わせないのは、怒っているとき。

こんな自分には、俺も腹がたつよ、アキさん。


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