君がいた夏


“……やっぱり、まだ忘れられないの?陽平くんのこと”


ついさっき、麻奈に言われた言葉を思い出す。


忘れられない?そんなことない。


もう、忘れたもの。


何度も何度も期待して、けれどその全てをこっぴどく砕かれて。


だから私は、みっともなく思い出に縋らずに、潔く忘れることを選んだ、そう、選んだんだ。


だからこれは決して、彼を思い出しているんじゃなくて、そう、余りにも夏が溢れているから、ちょっと混乱してるだけ。


そう。忘れたんだ。


ぐるぐると自問自答を繰り返す。


もう無縁となったはずの、胸の痛みと息苦しさが蘇ったような気がした。




──陽平。

山内陽平。



脳裏にちらつくその名前の人を、私はとっくに忘れた、筈だったのに。





< 6 / 78 >

この作品をシェア

pagetop