送り狼
月のない今宵の夜は、何を頼りに歩けば良いのかも解らない程だ…。
その闇の中を、まるで見えているかのように
黙々と歩き続ける栞の姿…。
その歩みに、 迷いはない。
はれやかで、慎ましい巫女装束の裾は泥で汚れている。
『………許せぬ……許せぬ……許してなるものかっ!!』
その思いは容易く闇を切り、目的の地へと誘う……。
栞を動かすのは確かな殺意…。
どうしようもない負の感情は呪いとなり
対象の人物を燃やし尽くす…
歩みは徐々に加速して行く…。
やがて…
辿り着いたのは…
村外れの粗末な一軒家…。
小さな灯りが薄らと闇の中へと伸びている…。
栞は、対象人物に確実な呪いの言葉をかける為、
灯りが漏れ出る部分からそっと中を覗き込んだ…。
「姉ちゃん!眠る前に、何かお話してよ」
時刻は皆が寝静まる頃…
この粗末な家の住民も眠りにつく頃のようだ。
男の子がしきりに、寝物語をせがんでいた。
「クスクス…。幸太もまだまだ子供ねぇ」
ーーーその言葉……。
栞の視線が言葉の発する方向を急いで追う。
「そうね…。じゃぁ、今夜はどのお話が聞きたい?」
栞の目に飛び込んで来たのは…
そう言って優しく微笑む娘の姿…。
「もぅっ!!子供扱いするなよなぁ!」
ぶつくさ言う男の子に、コロコロと笑う。
「くす…。ごめん、ごめん」
そう言って、男の子の頭をなだめるように優しく撫でた…。
「幸太は、もう立派な男の子よね!
よしっ!じゃぁ、もっと強い男の子になれるように
今夜は『送り狼』のお話をしてあげる」
それを聞いた男の子の表情がパッと明るくなる。
「やった!!俺その話、好きなんだっ!!」
娘は男の子の寝床に添い寝し、優しい眼差しを向ける…。
「…むかし、むかし、ある所に……」
『送り狼』のお伽話が始まった…。
コロン、コロンと鈴を転がすような
心地良い声が静かな空間に響き渡る…。
栞はその響きを聞きながら、静かに瞳を閉じた…。
暫くすると、男の子は眠りについたようで
娘は男の子を起こすまいと、そっと身体を起こした。
娘のその動きに合わせて
栞も閉じていた瞳をゆっくりと開く。