送り狼
ボーンボーンボーン……
室内の壁時計が夕方6時を知らせる鐘の音を響かせた。
私は、緊張の面持ちで、料理の並べられたちゃぶ台の前に正座し、銀狼が訪れる時を待っていた。
…しくった…。
どうして待ち合わせの時間を指定していなかったのか。
言葉にならないこの緊張が、銀狼の現れるその時まで続くのかと思うと
気が狂いそうだった。
しかも…
何処から現れるか解らないのだ。
玄関からか?
それとも、ふって湧いたように突然目の前に現れるのか!?
せめて時間だけでも指定しておけば良かったと
激しく後悔する。
「…カチカチカチカチカチ…」
静かな室内に、壁時計の秒針が時を刻む音だけを延々と響かせる…。
『…もぅ、耐えれないっ!!…』
ジッとしている事に耐え切れなくなった私は、おもむろに立ち上がり、
鏡台の前へ…
そして、鏡に自分の姿を映し、
身だしなみの最終チェック☆
当たり前のように片手で髪をいじりながらも、
自分のこの奇行とも言える変わりようには驚かされているのだ。
別に、今まで恋をした事が無い訳ではないけれど、
それはどれも『芸能人に憧れる』レベルのもので
このように自分が一晩で変わってしまう程の恋は初めての経験だった。
それはまるで、私の中の小人が
『殿のご乱心じゃ~、ご乱心じゃ~』
と思わず騒ぎ立ててしまう程に…。
『もしかすると…恋する乙女とは、皆こんなものなのかもしれない』
そう思う自分に思わず顔を赤らめた。
「…ん?」
真っ赤な顔をした私を映す鏡に何かが映り込んだ。
私は、鏡越しに映る背景に目を凝らす。
庭に面した窓から蒼白く長ひょろい糸のような物がスーッと室内に侵入して来たのだ。
…何…?…これ……。
…胸騒ぎがする…。
動きを止め、その長ひょろい物体を用心深く見ていると…
「…ボッ!!」
という音を響かせ、蒼白い火の玉へと変化した。
「……!!!」
不可解な現象に度々会ってきたとは言え、ギョッとする。
そしてさらにその火の玉は
「…ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!!」
と怪し気な音を数回立て、五つ程に分裂した!
私の脳裏に、祟り神に襲われた時の事が蘇る。
そして、気付かされたのだ。
誰もそんな事言ってないのに
勝手にこの家は安心だと思い込んでいた事を…。
蒼白い火の玉は一糸乱れぬといった風に
規則正しく円を描きながら、こちらへと近づいてくる…。
その様子を鏡越しに息を飲みながら見つめる私…。
火の玉が私のすぐ背後まで迫っていた!
『銀狼っ!!』
恐怖の余り、固く瞳を閉じる!!