送り狼
…静か過ぎるぐらいに
……静かだ……。
先程まで、あんなにやかましく鳴いていた夏虫の声すらしない……。
その異様な静寂が、ますます私を緊張させる。
私は、恐る恐る境内に近づいた…。
ゆっくりとした動きで境内から社の中を覗く………。
………良かった、誰もいない……。
正直ホッとした。
辛い程の緊張が緩まった、その時…………。
「久しいなあ。夏代子………」(かよこ)
聞こえる筈のない声に、身体が硬直する…。
しかも、私のすぐ背後からだ。
人の気配なんて微塵も感じなかったのに……。
異様な状況に強張る私を他所に、その声は次の言葉を紡ぐ…。
「お前は、またこんな所に迷い込んで……」
…この声の主は、とても落ち着いた口調で喋ってはいるけれど…
「よほど山神の慰み者になりたいと見える!」
…私に好意的でない事を、その声色で充分すぎる程伝えてくる。
私は、その事に恐怖を覚え
振り向く事ができない。
「………なんとか言ってみたらどうなんだ………??」
刺すような視線を背中に感じる。
「……………」
余りの恐怖に言葉すら出て来ない…。
その時、張り詰めた空気が揺れた。
「あっっっ!!!」
そのまま私は、後ろから力任せに羽交い締めにされる。
捻じ上げられた腕が痛いっ!!
「なんとか言ってみたらどうなんだ!?夏代子!!」