送り狼
ボーンボーンボーン………
壁時計が現在の時刻を正確に知らせる…。
それを確認する為、音のする方へ視線を合わせた…。
…午後八時…。
初めての二人の『食事会』は滞りなく進み、
ちゃぶ台にあった料理は綺麗に片付き、
銀狼と無言でお茶をすすっている…。
『コイツってば…
どうでも良い時はよく喋る癖に、
こういう時は一言も喋らないんだからっ!!』
暫く続く沈黙に、居心地の悪さを感じる私とは違い、
銀狼はそれについて何も感じていないようで
「ズズズーーーー」
と、無表情にお茶をすすっている…。
その神経の図太さは、羨ましい限りだ。
沈黙に耐え切れなくなった私が口を開こうとした時……
飲んでいた湯呑をちゃぶ台にコトリと置いた銀狼が
何かに気付いたように、
切れ長の瞳を、少し見開き、そして優しく微笑む…。
「……懐かしいな…」
そう呟いて立ち上がった銀狼は、鏡台の前へ……。
そして、鏡台の前に飾られていた写真立てを手に取ったのだ…。
「……!!」
心臓が跳ね上がる!!
「…ほら…この時の浴衣も、あの浴衣だろう?」
そう言いながら、銀狼は私に振り返る。
「……」
気付かなかった…。
白黒のその写真からは、浴衣の細かい柄までは確認出来なかったし
何より…
写真立てを…
隠しておけば良かったと思う…。
あの日…
『真央』が『夏代子』に乗っ取られた夜…。
それを、銀狼がどのように解釈しているのか…
それは私にとって、聞きたくても聞けない事だった。
いいや…そうじゃない……
正確に言えば……
聞くのが怖かったのだ…。
いずれ真実を銀狼に告げなければいけない事は解っている。
ただ…、それには、まだ早すぎるのだ…。
何故、おばあちゃんが私と銀狼を出会わせたのか、
その謎も解けていないし、
何より…
今、私と銀狼を結びつけているのは…
『夏代子』の存在だけだ…
『真央』と『銀狼』を結ぶ絆…。
それが無い事には…、彼を好きになってしまった以上
真実を告げる気にはどうしてもなれなかったのだ…
そんな自分を、ずるいな…と思いつつも
私は口を閉ざす…。
「…あの時もお前は…」
クスクスと思い出し笑いをしながら
いつになく饒舌な銀狼を見つめる。
「…ん…?」
そんな私の視線に気付いた銀狼の瞳に私の姿が捕らえる。
「…あぁ、そうか、お前は覚えてないのだったな…」
そう言って、金色の瞳に私を捉えたまま、
「うぅぅーーん…」
と、一度うなり、何かを思いついたようにパッと瞳を輝かせた。
「…着替えろっ♪」
「…へ…?何?」
「いいから!着替えろ!」
いつもながら…
銀狼の考える事は訳が解らない。
どうして良いのか解らず、キョドキョドしている私に
「あの浴衣を持って来い♪」
と、楽しそうに言ったのだ。